音楽

2016年3月24日 (木)

ウクライナの歌姫~あるいは天使?

ひとつのコンサートに行くと山のようにチラシをもらうので、その中からめぼしいものを探す。

今回の掘り出し物は2016/5/20(金)東京文化会館小ホールでのナターシャ・グジーのコンサートだ。

数年前に一度ナマ・ナターシャを観に行ったことあるけど、もう人間じゃなくて天使って感じだった。

下のYoutubeを見る限り、その輝きにますます磨きがかかってる様子。
鬼気迫る美しさです。

3/29(火)11:00~15:00お花見マインドフルネス・エンカウンター開催します♪

| | トラックバック (0)

2016年3月23日 (水)

バイオリン語を話す自由なおじさん

昨日は東京文化会館でロビー・ラカトシュのジプシー・バイオリンのコンサートに行ってきた。

私は局地的マニアックなものが好きなので、いつも一人でコンサートに行く。

せめて誰かと「良かったね~」と言い合いたいのだけど、その代わりにブログでシェア。
ロビーのバイオリンは技術がどうのとかは既に超えていて、「バイオリン語を話す変なおじさん」って感じ。

時々こうやって好きな音楽を聴くのが私の魂の食事( ^)o(^ )

3月29日(火)11:00~15:00お花見マインドフルネス・エンカウンター開催します♪

| | トラックバック (0)

2014年5月25日 (日)

ショスタコーヴィチ5番、そしてAve Mundi Luminar

感情の波に飲み込まれてしまいそうで自分の中に不協和音を感じた今朝、久しぶりにショスタコーヴィチの交響曲第5番を聞いた。

この曲、すごい曲だと思うけど、あまりに不穏な響きがあるので滅多に聴く気になれない。

でも今朝の自分にはこれがよく響く。

不協和音の中に身を浸す。

線病質な響き…。そして緊張感。

中ほどまで聴いた頃、ふと、これを指揮している西本智実さんの姿が目に浮かんだ。

そして、涙が溢れた。

こんな不協和音を率いている精神力。

100名とかいうオーケストラを束ねているその精神力。

西本さんの指揮する姿は、私には戦場に赴く武士を彷彿させる。
(まさにオスカルやね・・・)

命がけ。

そうだ、私はこの精神力の強さにシビれているのだ、と、西本さんの姿に魅了される理由を再確認した気がした。

そして、ショスタコーヴィチ。

その人のことはよく知らないけど、厳しい時代のソ連を生き抜いた人だ。

時代の音、運命の音を感じる。

作曲者と指揮者、二人の精神の力が伝わってきて、泣けた。

そして、二人だけでなく、厳しい時代を生き抜いてきた無数の人たちの魂の力みたいなものを感じて、やっぱり私は逃げてはいけないのだと、魂が奮い立つものがあった。

交響曲って集合的な魂の表現だな、と思った。

そして私の魂は浄化されて、落ち着いてきた。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

それから次に、「Ave Mundi Luminar(喜ばしき世界の光)」を聴いた。

私のお気入りの一枚で、私の中では朝に聴くのに最適な一枚。

朝、コーヒーを飲みながらこの曲を聴くと、「さあ今日も素敵な一日が始まるよ」、という気分になる。

いつも自宅の安物のCDプレーヤーで聴いてるのだけど、今日はiPadで、重低音の響くイヤホンで聴いた。

音が全然違う。

まるで別の曲のように私の耳に、魂に響いてくる。

そして再び涙。

今度は嗚咽したい感じ。

この曲を聴くと、「ああ、これが私の本質だな~」と思える。

 

神の世界がそこにある。

喜ばしき世界の光。

そう、絶対に世界は良きものなのだ。

世界は祝福されているのだ。

 

それはなぜか確信がある。

 
だけど、この光の世界を知らない人たちがいる。

それを無明という。

無明の世界でもがいている人を思うと悲しくて泣けてくる。

 

どうか、みんなにこの光が届きますようにと祈る。。。

そんな自分をちょっと傲慢なんだろうかと思う自分がいる。

 

まあ、電車の中でイヤホンしながら涙を流してる私は明らかに変な人だね~^_^;

 

とりあえずホ・オポノポノしてみる。

最近結構これが習慣になりつつある気がする・・・。

| | トラックバック (0)

2013年4月 8日 (月)

西本智実がカッコよすぎる

51llar5vrjl__sl500_aa300_近突発的に私の中でクラシック・ブームが湧き起こっている。

先月末に地元の文化センターに読売日本交響楽団のコンサートを聴きに行き、もっと間近で生オケの音の波動に包まれたいと思っていた矢先、TVで佐村河内守さんのことを知ってCDを買い、色々調べていたら、以前やはりTVでチラリと見かけて「何、この人?!」と衝撃を受けたまま名前もわからないままになっていた女性指揮者が「西本智実」さんだということが分かり、You Tubeにたくさん動画があるので数日前から何度も何度も見直し、聴き直している。 

私は結局ミーハーなのだということを自認しないわけにはいかないが、とにかく西本さんの指揮する姿が美しすぎ、その姿に酔いしれ、シビレ続けている。

PSWのレポートの締め切りが近付いているのに、PCの前に座るとついつい彼女の動画を見て時間がつぶれてしまう。

DVDも買ってしまった。

レポート提出するまで観るのはお預けにしようと思ったのに、4本のうち2本のレポートが形になったからフライングで封を切ってしまった・・・。

専門的なことはよくわからないけれど、彼女の指揮する音楽はとてもゆったりとして重層的で奥行きがあるように感じる。

彼女の姿にシビれる感覚は、私がフラメンコに求めたものと共通している。

アントニオ・ガデスとか、ファルキートとか、碇山奈奈さんとか。

強烈な芯の感覚。

精神性、勇壮さ、媚のなさ、全身全霊、覚悟・・・。

西本さんのことをまだ知らない方はぜひYou Tube見て下さい。

DVDやCDもお薦めです。生オケも聴きにいこうと思います。

下の中では「革命」が最もお気に入り。恥ずかしながらショスタコーヴィチって初めて聴きました。超カッコイイ!クールです!!

      

| | トラックバック (0)

2011年6月 5日 (日)

ナターシャ・グジー

先日偶然You Tubeで見つけたウクライナ(チェルノブイリ)出身の歌手でバンドゥーラ奏者のナターシャ・グジーさんの歌声にとても魅了されてしまったので、ぜひ生で彼女の歌が聴きたいと思い、今日、代々木能舞台で開催されたチャリティー・コンサート「with You」に行ってきました。

今日のコンサートの出演者は4組いらっしゃいましたが、ナターシャさんは一番目。

 
いやいや、生ナターシャ、素晴らしかったです。

出てきた瞬間から惹きつけられます。

とにかく美しい。

陶器のように色白で、民族衣装に身を包んだ姿はとても清楚、かつ凛とした強さを感じさせます。(というか、実のところあまり人間に見えません・・・。もしかして、天使?)

 
彼女は幼い頃にチェルノブイリ原発事故で被災し、ある日突然自分の故郷を追われ、その後近しい人たちが亡くなったりと、過酷な運命を生きてきた人ですが、ただそういうことだけを売りにしているとしたら私は全然興味がありません。

そういうことを抜きにして、音楽として透徹してます。

 
彼女の日本語による歌がなんともいいです。

先日載せた「いつも何度でも」はもちろんだけど、さだまさし作詞作曲の「防人の詩」や「秋桜(コスモス)」などもすごくいい。

さだまさしの曲って感傷的過ぎ、お涙ちょうだい的で湿っぽくて、あまり素直に聴けなかったのだけど、バンドゥーラに乗せてナターシャが歌うと全く別物になってしまう。

「秋桜」なんて演歌みたいに日本的な曲だと思ってたけど、外国人が歌うことで普遍性を帯びてしまうのですね、不思議です。

「防人の詩」もYou Tubeにありました。

 
どうでしょう?素晴らしいと思いませんか?

 
私はCDもいろいろ買ってしまいました。

アマゾンでも買えますからお薦めです。

     

| | トラックバック (0)

2010年10月11日 (月)

ローマ法王のお声が録音されたCD

こんなCDを見つけました。

昨年(2009年)秋頃発売された
"Alma Mater: Music from the Vatican"

8つの聖母賛歌が収録されていて、なんと現在のローマ法王べネディクト16世の肉声が初めて収録されているという珍しい音楽集です。

これらの聖母賛歌集はところどころ現代音楽風なアレンジがされていて、しかもローマ法王の肉声入り、お堅い宗教も随分と大衆化を試みているのだな~と、時代の変化を感じたりします。

このCD、英国のグラミー賞ともいわれる同国最大の音楽イベント「ブリット・アワード」で、 クラシック音楽のアルバム部門ににノミネートされたそうです。

ベネディクト16世のお声は柔らかくてありがたい感じがしますが、法王のお写真を見ると結構怖い顔してますね。

考え方も超保守派らしいし、お人柄に関しては何も言えません・・・。

 
私ごととしは、自分の屋号として選んだ言葉「Alma Mater」に関して、なんだか大それた名前を付けてしまったなぁ~と冷や汗をかいてる感じです。

Alma Materは私としては「魂を育む者」といった意味合いで使いたいのだけど、キリスト教の世界では聖母マリアのことを指したりするんですよね。

たいへんおこがましい気持ちでいっぱいです。

ただ、この言葉を使い続ける中で言霊・音霊が私に力を与えてくれることを祈るばかりです。

 
一方では仏教の本を読み、他方ではこういう音楽を聴き、また同時にアリス・ベイリーのエソテリズムもとても気になる今日この頃です。

(気分はず~~~~っと落ち込み気味。だから宗教的なものに惹かれるのだと、自己分析もしたりしてます。)

 

| | トラックバック (0)

2009年8月31日 (月)

傘がない

昨日の選挙では予想通り民主党が圧勝し、政権交代の歴史的な日となったわけですが、私としては「なんだかなぁ~」という冷めた心境でいます。

私は政治には全然詳しくないけれど一応選挙だけは行くことにしてて、誰に、どの政党に一票を入れるかはほとんど消去法みたいな感じで決めます。

まあ、民主党さん、せっかく政権取ったのだから一生懸命マニフェスト遂行に勤めて下さいませ。

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°

さて、社会のことは置いておいて、全く個人的な関心ごと。

先週、NHK教育で4夜連続の「LIFE 井上陽水 40年を語る」を観た。
あまり自分からTVは観ないのだけど、これは毎晩楽しみに観た。

そしてさっそくTSUTAYAでいくつかCDを借りてきて、今週は「陽水週間」。

陽水さんの「心もよう」は当時小6だった私の胸に響き、大好きな曲だったし、80年代のLP「9.5カラット」はよく聴いていて、陽水さんのことは好きなはずだけど、実のところ、あまり真面目には聴いてなかったんだなぁということを発見。

今回改めて陽水さんの様々なヒット曲を聴き直し、その才能の非凡さを改めて認識した次第。

曲も、詩も、歌唱力も、すごいね。。。

それを言ったらダンナに「何十年遅れてんの???」とバカにされた。

中でも、「傘がない」と「ワカンナイ」という曲が今の私の心を捉えた。

どちらも共通する感じがある。

「傘がない」は、学生運動が下火になってきて、自分たちの力では社会は変えられないのではないか?という疑問と挫折が芽生えてきた時代に作られた曲。

大義名分や抽象的な理想論よりも、本当は自分なんてもっと瑣末で、個人の幸せにしか関心なんてないんじゃないの?と、きれいごとや浮ついたことを声高に言ってる人に投げかけているような気がする。

これを単なるラブ・ソングと思う単純な人もいるらしいし、個人主義を肯定しているとか、逆に個人主義を批判しているとか、解釈する人もいるらしい。

どの見方もこの曲の一部分しか見ていない。

だが私はやはり、社会の幸せは個人の足下から、と思っている。

「社会が云々」とかいう前に、自分の内面や家族との関係や日頃おつきあいしている人々との調和を図ることに努める方が幸せには近づきやすいと思うのだ。

まあ、社会のために熱心に尽くしたい人はどうぞ頑張って下さいって感じだけど。。。

☆.。.:*・°☆.。.:*・°

「傘がない」 作詞・作曲:井上陽水

都会では自殺する若者が増えている
今朝きた新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない
行かなくちゃ 君に会いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ 雨に濡れ
冷たい雨が今日は心にしみる
君のこと以外は考えられなくなる
それはいいことだろう

テレビでは我が国の将来の問題を
誰かが深刻な顔をしてしゃべってる
だけども問題は今日の雨 傘がない
行かなくちゃ 君に会いに行かなくちゃ
君の家に行かなくちゃ 雨に濡れ
冷たい雨が僕の目の中に降る
君のこと以外は何も見えなくなる
それはいいことだろう

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°

そして、目下の私個人の一番切羽詰まった関心ごとは、我が家の雨漏りだsweat02!!

今のマンションを買って入居したのが11年前。

信じられないことに入居1年目で雨漏りが!

2度も修繕してもらったのに、10年程経った今日の昼、変な音がすると思ったら天井から水が垂れていたshock

これから台風typhoonが通過するのに大丈夫かいな???

今、応急処置の人が来てますが、ちゃんとした修繕は上の階の部屋を通って上の階のベランダに出なければ作業ができない。

よって、サロンの営業も何日か休止しないといけないかもしれないですweep

悲しいし、情けない・・・

まさに「傘がない」の心境ですrainrainrain

|

2009年8月10日 (月)

アルマ・マーテル

新しいサロン名Alma Materは、ポルトガルの音楽家ロドリーゴ・レアンのCD「アルマ・マーテル」から頂きました。

私はロドリーゴの音楽が彼の以前の参加グループ「マドレデウス」の時代から大好きなのです。

ロドリーゴの音楽はとても温もりに満ち、静謐さと美しさがあり、そして、なんともいえない郷愁をさそう。

そしてとても宗教的であり精神的。

だけど、仰々しくなく、キャッチーなメロディーが心地よい。

このアルバムのタイトル曲になっている「アルマ・マーテル」は、長い苦しみを経験した後の大団円のような清清しさがあり、慈愛があり、長かった闇夜の後の朝焼けのようだ。

新しいサロンの名前を決めるとき、なんとなくロドリーゴの音楽の世界からヒントをもらえないかと思った。

それまで「アルマ・マーテル」という言葉の意味なんて全然知らなくて、調べてみたら「魂の母」とか「精神のふるさと」とかの意味があると知り、なんとなく私のサロンのイメージにぴったりな感じがしたのです。

この音楽を聴いて感じる郷愁は、やっぱり魂のふるさとのようなものをなのかもしれない。

ロドリーゴの経歴を知ると、彼は一旦は固い勤め人として働いていたが音楽の夢が捨てきれずに脱サラして音楽家となり、ポルトガルの人気グループ「マドレデウス」として世界中を飛び回るようになった後にもさらに自分の音楽を追求したくてグループをやめ、何年も模索し、自分の音楽に迷いながらやっとたどり着いたのがこのアルバムだ。

だから、なんだか苦悩の後の清清しさみたいなものが感じられるのだろうと思う。

世界の祝福といったら大袈裟だろうか?

だけど、何らかの苦しみや悩みを抱えて私のところにやってくる人が、
最後には絶対にこの音楽のような祝福の世界があるのだということを信じてくれたら、というか、感じてくれたらいいなぁ~と思うのであります。。。

|

2008年11月29日 (土)

ハルモニア・コンサートのお知らせ

今日は二人のお友達が参加するとても素敵な
合唱コンサートのお知らせです。

私は去年聴きに行ったのだけど、第一声が聞こえると
すぐに涙が頬を流れ落ちました。

自分のオーラの殻に静かにヒビが入って、
古い殻が一枚剥がれ落ちたような気がしました。

合唱といっても高らかに歌い上げるのではなくて、
静かに仲間の声に耳を傾けることに重点を置いて、
それと自然に響く声を丁寧に出す「きこえてくる歌」です。

声というものを通して自己の本質に迫る、世界の本質に迫る、
これはもうひとつのスピリチュアル・プラクティスです。

クリスマスのこの季節、音を通してハートを浄化する時間を
持ってみてはいかがですか?

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°

『扉が開いて
あなたにとどく贈り物は
あなたの知らない贈り物』

【鍋島久美子&ハルモ二アン・ヴォイス クリスマスコンサート2008】
~星の散歩道~

●12月20日(土)
pm5:30開場/6:00開演
●音階の友ホール
東西線神楽坂 徒歩1分、大江戸線牛込柳町 徒歩7分、JR飯田橋 徒歩12分
●前売3000円/当日3500円


ハルモニアのHpはこちら
Harmonia
http://www.harmonia-p.com

|

2008年10月22日 (水)

死んだ男の残したものは

10/19に恒例のいいじゃんかわさきでの長谷川きよし様の野外ライブを観に行き、そのことを日記に書こうと思っていたけど、どうも気の効いた言葉でが出てこずそのままになってしまっていた。

でもあれこれきよし様情報を検索してるうちに最近You tubeにアップされた「死んだ男の残したものは」を発見。

きよしさんを知らない人にいきなりこれを見せると、「暗い」「重い」と敬遠されてしまいそうだけど、私ははじめてこの曲を聴いたとき(たぶんこの映像をTVで観たのがはじめてだったと思う)、「この曲はいったい何だ?!」とすごく衝撃を受けたので、一応紹介しておきたくなった。

調べてみるとこの曲ができたのは1965年。

私は生まれてたけどさすがに曲を聴いた記憶はない。

作詞:谷川俊太郎、作曲:武満徹。

どうりですごいはず。

でもこんなにすごい曲をここまですごく演奏できるのはきよしさんが唯一無二です。

参考までに歌詞はこんなです。

1.
死んだ男の残したものは
ひとりの妻とひとりの子ども
他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった

2.
死んだ女の残したものは
しおれた花とひとりの子ども
他には何も残さなかった
着もの一枚残さなかった

3.
死んだ子どもの残したものは
ねじれた脚と乾いた涙
他には何も残さなかった
思い出ひとつ残さなかった

4.
死んだ兵士の残したものは
こわれた銃とゆがんだ地球
他には何も残せなかった
平和ひとつ残せなかった

5.
死んだかれらの残したものは
生きてるわたし生きてるあなた
他には誰も残っていない
他には誰も残っていない

6.
死んだ歴史の残したものは
輝く今日とまた来るあした
他には何も残っていない
他には何も残っていない

|