04. エサレン・マッサージ

2013年2月28日 (木)

久々にエサレン仲間に会った

昨日、久々にエサレン・マッサージのトレーニング仲間に会った。

いったい何年ぶり?

たぶん3~4年は経っている。

 
 

17:30にお店に入り22:30頃まで5時間にわたりおしゃべり。

それでも話はつきることはなかった。

 

私は様々なセラピーやスピリチュアルの学びの場に身を置いたことがあるけれど、やっぱりあの、エサレンの質というのは一番濃厚で上質。

その質を知った仲間との間では、「あれを知ってしまったら他のセミナーとかはみんな物の足りなくなる」という意見で一致。

本当に、そうなんだよね~。

正直なところ、私はマッサージそのものよりも、エサレンの精神を伝えたいと思っているので、別に裸になってマッサージする必要をあまり感じない。

それよりも、エサレンでは常にあったシェアリングの輪がとにかく好きで好きで好きで・・・

あの質をもっと身近に、日常生活の中で感じられる場を作りたいというのが私の願い。

(いつも言ってるし、ブログにも書いてる)

私のエンカウンター・カフェも、意気込みはプチ・エサレン、なのです・・・(*^_^*)

| | トラックバック (0)

2012年9月29日 (土)

広大な森を眼下に

広大な森わ眼下に
出張で千葉の「生命の森リゾート」というところにやって来ました。

心も体も120%元気になるという主旨の実験的なイベントで、
今日と明日、この広大な森のエネルギーを感じながら
エサレンマッサージのセッションをさせて頂きます。

1日2名、合計4名の方とセッションです。

今日のセッションを始めた時刻には外は夜の帳がおり始めたけれど、
同時に満月に近いお月さまがポッカリと顔を出し、私を見守っていて下さいました。

(受けてる方にはお月さま全然見えなかったけどね・・・)

明日は午後から台風とのことで、ちょっと心配だな・・・

| | トラックバック (0)

2011年10月12日 (水)

光の乳を浴びた

10/8~10の連休に、クリスのゲシュタルト・プラクティス・アウェアネス・ワークショップに参加してきました。

1年半ぶり、2度目の参加です。

 
前回は会場に入るなり、ワークショップが始まる前から涙が出てしまったけど、今回は冷静に1日目を終えてホッとしていたところ、2日目にまたみごとにやられてしまいました。

クリスの話を自分のハートに響かせながら聞いていると、とても深いところから私のニーズを満たしてくれるのを感じ、ハラハラと涙が出てきて止まりません。

勝手に私の「師匠」に任命してしまおうと思います。

本当に本当に、ホントーに、クリスの存在の質感は繊細で落ち着いていて静謐でセンタリングしていて優しくて、場をホールドする能力は私が知る限り世界一の実力です。

エサレン研究所の創設者で今は亡きリチャード・プライスの奥様で、エサレンの精神を確実に受け継ぎ広めていると感じられます。

 
ディック(リチャード・プライス)はエサレンを始める前から心理学と東洋の思想、仏教とタオイズムに興味があった。

ディックはまた、精神のバランスを崩して精神病院に1年くらい入院したことがあり、そのときの扱われ方に非常に違和感、というか嫌悪感を感じたので、「治療者対患者」という構図をとても嫌った。

エサレン研究所を始め、そこに様々な講師がやってくる中にゲシュタルト・セラピーの創始者フリッツ・パールズがいた。

ディックはパールズの弟子となった。

ゲシュタルト・セラピーも禅の思想を取り入れているが、ディックはパールズが去った後、より仏教的なエッセンスとゲシュタルト・セラピーを結び付ける方向へと発展させていった。

そして、治療者が患者を治す「セラピー」から、だれもが平等の立場にいる仲間として、お互いに助け合い刺激しながら自己成長していくための「プラクティス」という在り方を強調していった。

ディックは、ある日エサレン研究所裏手の岩山で不慮の事故で亡くなったけれど、奥様のクリスが確実にその思想を引き継いでいる。

クリスを見ていると、思想を体現しているのが感じられる。

私も仏教の勉強がしたかったり心理療法の勉強をしたりしているが、その人の存在から、その人の息遣いから、細胞のひとつひとつから、匂い立つようにその思想を感じられる人は稀だ。

クリスは話の中でこんなことを言っていた。

「皆、生き延びるために一生懸命です。でも、私たちはそこから少し余裕ができて、今日こうして気づきのための時間を持てている。これは言ってみれば宝くじに当たったような幸運です。」(私の記憶なので正確な表現ではない)

私には本当に宝くじに当たったような幸運だと感じられた。

ここに光明がある。

でも、この気づきという光明を知らずに、多くの人は無明の中で苦しんだり右往左往したりしている。

この光明を私の周りの人たちに少しでもいいから伝えていきたいと強く思う。

「クリスみたいに」なんてとてもおこがましくて言えないけれど・・・

 
全然関係ないトムのバイオダイナミクスの講座の中で「光の乳を吸っている」という言葉が出てきたことがあるけれど、私はまさにあの瞬間は「光の乳を浴びている」と思った。

智慧の光明という名の光の乳を。。。

Thank you, Chris.

(私は個人崇拝をしたいわけでもミーハーに騒ぎたいわけでもない、
でも、この感動を伝えないわけにはいかない。)

| | トラックバック (0)

2010年12月24日 (金)

エサレン・ボディワーカー冥利

先日エサレン・マッサージを受けに来て下さった方からとてもうれしいお言葉を頂戴した。

 
その人は1カ月程前に第2子をご出産され、今回は「出産の疲れを癒すため」という目的でいらした。

「エサレン」についての予備知識は全くなし。

ただ、割と近所にリラクゼーション・サロンを見つけたので来て下さったのだ。

その日はご主人が上のお子さんと赤ちゃんの面倒を見てくれて、ママはセッションの後も1日自由に過ごしていいということになっていた。

セッションに来られる前は、「正直なところ、久しぶりに子供から解放されてほっとした」とのこと。

そりぁそうだよね、世のママたちは本当に大変だと思う。

そして、予定ではセッションの後にはプラプラ買い物でもしようというつもりだった。

 
ところが、セッションが終わってぼ~っとしながら

 
「すごく気持ちよかったです。

なんだか不思議なんだけど、子供たちのことがすごく愛おしくなって

このまままっすぐに家に帰って子供たちを抱きしめてやりたくなりました。」

とおっしゃった。

 
あ~、なんて素敵な言葉なんだろう!

 
自分の中から自然に愛が溢れ出している!!

そして、こうもおっしゃった。

 

「こんなこと言ったら失礼なんですけど、

たかがマッサージなのに、不思議ですね」

 
えへへへへぇ~~~~~

そうなんですよ!

 
「たかがマッサージ」なんです。

 

そして、「されどマッサージ」なんです。

 
頂いた言葉はボディワーカー冥利に尽きます。

この仕事やっててよかったぁ~と心から思える。

 
 
最近はエサレンについての蘊蓄も忘れかけていたけど、

エサレンは「お母さんの子宮の中にいるような感覚」を

感じてもらえるマッサージでもあった。

 
ママがエサレンの心地良さ~というか、「触れられることの気持ちよさ」を体験することで、赤ちゃんがママにこんな風に触れてもらえたらこんな風に気持ち良いのだということを実感してもらえることはこの上なくうれしいことだ。

 
人間はシンプルな動物だ。

人間は触れられることを求める生き物なのだ。

愛あるタッチは本当に偉大なのだ。

 
このお客様の言葉は、私にとっての一番のクリスマス・プレゼントになった。

| | トラックバック (0)

2010年4月26日 (月)

ひさびさにエサレンを受ける

ひさびさにエサレン・ボディワークを受けた。

 
私がボディワークの仕事をしようと思ったのは

色々とコムズカシイ理由もあるけれど

自分がマッサージを受けるのが好きだから。

 
人の手に触れられるってどうしてこんなにも気持ちいいのだろう・・・

 
最近、私はクラニオにはまっていて、

クラニオは服も脱がなくていいし、力も全く使わないのに

ものすご~~~~く深いリラックスができるので

「もう、エサレンなんて要らないかも~」なんて大胆且つ不謹慎なこともときどき思う。

 
だけど、こうやって自分がエサレンを受けてみると

やっぱりエサレンってええわぁ~heart01と思うのだった。

 
気持ち良さの質が違うっていうか・・・

 
クラニオの気持ちよさはとてもとても繊細なものだけど

エサレンはず~っとダイレクトだ。

 
自分がたまにセッションを受けることで

エサレンへのモチベーションをアップいたしましたbleah

 
今日、受けたのはクラニオ勉強仲間でもあり

エサレン仲間でもあるミッチャンの

目黒区にオープンしたばかりの

ボディワーク&セラピー もえぎ」です。

すっごく素敵なセッションルームです。

 
街の雰囲気も、新小岩とは全然違って(bearing)、おしゃれだし

都立大学駅からずっと桜並木を歩いていけるのもいい。

 
お近くの方は足を運んでみては?

 
そして、もちろん私のところでもエサレン・ボディワーク

やってますので、みなさま、どうぞいらしてねheart02

 
もしよろしければ応援のクリックお願いします。
 
にほんブログ村 健康ブログ ホリスティック医療へ
にほんブ ログ村

| | トラックバック (0)

2010年4月13日 (火)

エッセンシャル・オーラ

P4130136  エサレン・ボディワークに使用するオイルにはエッセンシャル・オイル(精油)をお入れしているのだけど、そろそろ精油のメーカーにもこだわってみようかと思ったりして、試しにカナダのエッセンシャル・オーラ・アロマセラピー社からいくつか精油を直輸入してみた。

4月2日に注文して今日の夕方届いた。

注文確認メールは届いたものの、発送しましたというお知らせもないまま10日も過ぎるとちょっと不安になってきたけど、きれいに梱包されてちゃんと届いた。ほっ・・・。

精油メーカーにも色々あって、どれを選べばいいのか全然わからず、ただ、あまりビジネスの香りの強い会社は性に合わないので、このカナダのメーカーのホームページのシンプルさに好感を持った。

エッセンシャル・オーラ社の精油は全てオーガニックで、中にはシュタイナーのバイオダイナミック農法によって製造されていたり、儲けることだけでなく持続可能な社会への貢献や、経済的に貧しい国の人々への労働の機会を与えることなども会社のミッションとしてしている。

そんな良心的な会社の精油、どんな香りかな~と思って何本か開封してみた。

結構、地味な香りかも・・・。

ま、でも、しばらくこれらを中心に使ってみたいと思います。

|

2010年3月16日 (火)

GAP~私にとってのギフト

GAP(ゲシュタルト・アウェアネス・プラクティス)2日目、ちょっとした事件が起こった。

休憩時間中の参加者同士の軽いコンフリクト(葛藤)。

 
そこに居合わせたメンバーがそのことについて自分の感じていることをサークルの中で話した。

そこから、当事者たちが自分が今感じていることを話す流れとなった。

クリスは常に冷静に、全員に敬意を持ちながらその場を扱っている。

 
私はこの一連の流れを見ていて、またまた涙が止まらない。

 
当事者同士のやり取りがひと段落した後、クリスが私に、「今何を感じているの?」と問いかける。

私は話し出そうとするのだけど、涙の主張の方が強くて、クリスに促されるままに泣きたい気持ちと身体の動きに身を任せてみる。

クリスが私のところへ寄ってきて身体に触れ、私のプロセスを促してくれる。

 
いや~、もう、声を出して、嗚咽して、顔をくしゃくしゃにして、鼻水だらだら流して、泣きました。

あんなに泣いたのは本当に久しぶりだ。

 
泣きながらもすごく冷静な自分もいて、泣いてるわりには別につらくもなんともないし、特別な記憶が出てくるわけでもない。

ただ、身体は泣きたがっているのだけはよくわかった。

そして、密かに、「クリスにワークしてもらえてラッキー!」と思ってる自分がいる。

 
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°

涙の直接的な理由はこういうこと。

 
私はかつてゲシュタルト・セラピストになろうと思ってゲシュタルトのトレーニング・コースにいたことがあり、そのコースの中で、私と他のメンバーとの間に葛藤が起こってしまい、私は(たぶん相手も)なんとかお互いを理解しようと努力したのだけれど理解できなかったということがあった。

そして、二人の葛藤を、グループ・プロセスとしてきちんと扱ってくれることをトレーナーに望んだ。

でも、当時のトレーナーは私の満足できる形でのサポートは提供してくれずに、私はその場への安心感とトレーナーへの信頼感を失ってしまい、ボロボロな気持ちになってそこを途中でやめることにしたのだ。

自分が「これだ!!」と強く思って始めたことだったので途中でやめることはとてもつらいことだった。

 
そして、それから2年くらい経って、やっぱりセラピーの仕事がしたいと思い返し、再び別のトレーニング・コースに入りなおすことにしたのだ。

そのときには、より「ノンバイオレンス」なハコミを選んだというわけ。

 
でも、今になって、やっぱり優しいだけではダメだという思いも強くなり、もっと自立を促すゲシュタルト的な精神をもう一度自分の中に取り入れたいと思った。

ゲシュタルト・セラピー(GAPはセラピーを超えているけど)は、自分の人生に責任を持って生きていくというのが一番重要なテーマだと思っている。

「今ここの自分に気づき、自分のニーズを感じたら自分でどんな風にそれをサポートできるのか」

その過程で他者と葛藤も起こるだろう。

でも、葛藤が起こったときこそ、それぞれが自分を見つめ直し、自分のニーズに気づき、相手のニーズに気づき、お互いにとってどうすることが一番いいことなのかを丁寧に探っていけばいい。

その葛藤を乗り越える実験の場として、GAPの場が開かれていることに、私としては非常に意義を感じる。

 
だから、私がかつて直面して、そこから逃げた「葛藤」というものが目の前で起こり、それを誰かがテーブルに乗せ、クリスが冷静に、優しく、厳しく、それを取り扱ってくれているということが、私にとってのMissing Experience(得られなかった体験)を満たしてくれていたということなのだ。

 
私は再び葛藤が起こりうる(起こってもいい)場に戻ってきたのだ。。。

 
他のメンバー同士の葛藤は私にとってのギフトとなった。

 
世界ってこんな風にいろんなものが折り重なってできているのだ。

 
私がわぁわぁ泣いているのを見て、他の参加者の人たちにはそれぞれいろんなことが起こっていた。

これこそグループ・プロセスのダイナミズム。

ドキドキワクワクする世界だ。。。

 

|

2010年3月15日 (月)

ゲシュタルト・アウェアネス・プラクティス(GAP)

3月12~14日の3日間、エサレン研究所から来日中のクリスティン・プライスの「ゲシュタルト・アウェアネス・プラクティス」のワークショップに参加した。

最近とてもゲシュタルト的な在り方が恋しくなり、自分のサイコセラピーにもゲシュタルト的なものをもっと積極的に取り入れたいと思うようになり、2月初旬にワークショップに申し込んだ。

でも、その後で両親が二人そろって入院してしまったり、他にもう少し実利的な講座で受けたいものが目の前に現れたりして、結構高額なこのワークショップに申し込んだことを後悔した。

 
だが、当日会場に行ってみて、集まった参加者の顔ぶれをさらりと眺め回し、クリスの顔を見ると、大いなる予感に早くも胸が高鳴るのを感じた。

参加者約15名がクリスと共にひとつの輪を作ってワークショップが始まると、私はまたしても自己紹介が始まる前から涙が出てきて止まらなくなった。

「ここは本物だ」という確信が私の体中を貫くのだ。

 
そこにいる人たちから感じ取ったものは、他のどこに集まる人たちよりも健全さと力強さと自立している感じ(自分のハートのニーズを自分でサポートできる感じ)とオープン・ハートな感じと、自己の可能性に対する好奇心を持ってる感じと、自然体な感じ。

そして、それらをクリスがどっしりと構えてアンカリングしている。

やっぱりこれがエサレンの質。

天下一品!

 
こうやって自分の魂が喜びに打ち震えているのを感じると、逆に他の場所ではいかに欲求不満だったかということに今さらながら気づく。

ワークショップが始まった瞬間に参加費の元は取ったという気分になった。

だけど、この先もクリスが日本へ来る度にワークショップに出ざるを得ないかも・・・(ゲシュタルト依存症になってしまうかも・・・)、と思うのだった。

 
つづく・・・

|

2008年12月13日 (土)

早稲田での長い1日

昨日は早稲田のテイクイットイージー&amuサロンで長い1日を過ごした。

かねてからエサレン(R)ボディワークの日本での草分け、鎌田麻莉さんの手を体験したいとずっと思っていたので、彼女がときどき開催するエサレン説明会のデモ・モデルとして使って頂きたいと願い出て、やっと願いが叶って昨夜の説明会のモデルの約束を取り付けた。

その後、同じ日の夕方amuサロンでのセッションのお仕事の予約が入った。ラッキー!

そのまた後、クラニオ・バイオのスーパーヴィジョンが同じ場所で行われることになり、同じ場所で3件の用事が重なり、朝10時から夜9時過ぎまでず~っと早稲田にいた。

面白い、そして、ありがたい偶然だなぁ~と思う。

(最近の私は極貧で、外出ひとつするにも都内への交通費すら気にする生活である(^_^;)

*~*~*~*~*~*~

さて、何よりも、やっと麻莉さんの手を体験できて大満足であった。

麻莉さんの手はまるで無垢の赤ちゃんのような手だった。

その「存在の質」はまっすぐに私の肌を通して感じられたように思う。

(私の質とは全然違うなぁと、当たり前のことを思う。)

 
そして、気負わず、リラックスした動き。

 
なるほど、現代の競争社会をがむしゃらに生きているような人が彼女の手に触れたら、ホントに「忘れていた安らぎ」の感覚を思い出し、何かがほどけていくであろう、ということが体感できた。

私のセッションの質もこれから少しだけ変わるかもしれないな、と思った。

*~*~*~*~*~

今勉強中のハコミもいいし、クラニオ・バイオはめちゃくちゃ面白いけれど、私のセッションの土台はやはりゲシュタルト・セラピーと、エサレンのトレーニングで培ったものであると思う。

迷ったとき、ぐらついたとき、エサレンでの体験に戻ると、えもいわれぬ安心感と確信を感じることができる。

あそこは、"本当に"、ありのままの自分でいることを許される、と感じることができた。

様々な場所で様々な体験をしたけれど、本当にまるごとの自分でいることを許されたと感じられたところは他にない。

私にとってのエサレン体験はオイルを使うか使わないかなんて問題じゃない。

私の感じるエサレン的なものを少しでも伝えていきたいなぁと、思う。

|

2008年10月16日 (木)

戻りました

Ca250533 鬼怒川の温泉旅館「一心館」での勤務を終えて、昨日東京に戻りました。

"一心館"という「」を大切にするお宿のヒーリングサロン"cocoRo"。

そこで"心で触れるトリートメント"を謳うエサレン・ボディワークをするというのは、なんとも理に適っているような気がしました。

慣れない場所でのセッションは、内容以前にその場のルールや段取りを覚えてそれに慣れることにエネルギーを使うので、それなりに疲れたけれど、とても良い経験をさせてもらえたと思います。

特に、私は会社員生活を辞めた後、いわゆるサロン勤務の経験も全くないままに開業して勝手気ままにやってきたので、この辺で外側の枠組みを体験させてもらうことができたのはとても良かったと思います。(とは言っても、巷のサロンとは違って、自由なエサレンの精神をそのまま反映させたような、まあ割合緩やかなルールのサロンではありますが・・・)

一人でやっていると段々ワンパターンに陥りがちだったり、もっと創意工夫できそうなところも見落としがちになったりするので、他のプラクティショナーと一緒に仕事をすることでとても刺激になりました。

私と違う手技をしているのを横目で眺めたり、ちょっとした会話の節々にもその人なりの心遣いとかが感じられて、自分のセッションを見直すきっかけともなりました。

そして、とても楽しそうにセッションしている仲間の姿が大変印象的でした。

 

温泉旅館でエサレンを受けるお客様というのは、基本的にエサレンなんて何のことだか全く知らない方ばかり。

普段はセッションの意味や効果についてつい難しいことを考えたり狙ったりしがちだけれど、こういうところで「とにかくリラックスできればなんでもいい」という感じのお客様にはこちらもまっさらな気持ちで「少しでもリラックスしていただけるように」「少しでも多く気持ちいいと感じてもらえるように」と、初心に戻った心構えでセッションをしてきました。

本当はそれで十分なんだよなぁ~と思いながら。

お客様の反応はといえば、「あ~、気持ちよかった!」と言って下さる方がいるかと思えば、ほとんど眠ってしまって何が起こったのかよくわからないというようなポカンとしたお顔でぼぉ~っと帰られる方もいました。

 
そのうち、「以前鬼怒川温泉でエサレンっていうのを受けたことがあって、なんだかよくわからないけどすごく気持ちよかったからまた受けてみたいと思って」というようなお客様が東京のサロンへもお越しくださるようになったらうれしいなと思います。

Ca250536 現に、これまでに「湯河原の宿でエサレンを受けてすごく良かったから」とおっしゃってセッションに来られた方に何人かお会いしています。

(湯河原でもエサレンを受けられる宿があるのです。編カンパニーとは別の系列の人達がやっていて、そちらは"エサレン・マッサージ"と名乗ってやっているけど。田口ランディさんが受けられた感想をブログに書いたりしてらっしゃいます。)

 
一心館には11月、12月とまたお手伝いに行くことになっているので、またたくさんの方にお会いできるのが楽しみです♪

|