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2015年11月

2015年11月17日 (火)

仏教~イントロダクションから

授業の「仏教」について書きたいけれど、私のいい加減な頭ではやはり論理的に書いていけない。

なので、私が面白いと感じた点について、箇条書きっぽく、書き連ねることにしてみる。

①様々な宗派ができたということはその開祖が自分の解釈を持ったということだ。
 仏教には解釈が許される。
 自分にとっての仏教観が大切。

②祈りについて
 浄土真宗のお寺にはお守りがない。
 浄土真宗では祈る必要がないから。お願いをしなくても守ってくれる。
 浄土宗では、南無阿弥陀仏と祈れば聴いてくれて、それだけで救われる。
 でも浄土真宗では、阿弥陀如来様は祈る前からすでに衆生を救って下さっている。
 だから、真宗での祈りは「報恩」のためなんだって。

③「菩薩」とは悟りがある生き方を選んだ人。そしてバスの運転手。
  小乗仏教は、一人で自転車に乗って、行き先もよくわからないままに自力で漕いでいく。
 大乗仏教は菩薩という運転手が行き先を知っていて、たくさんの乗客は行き先もわからないまま乗ってるだけで安全に目的地に連れて行ってくれる。

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2015年11月16日 (月)

つかの間のキャンパス・ライフ

Img_1600_2 この週末は、今通信で受けている大学での初めてのスクーリングだった。
全く下見も説明会も行かずに入学して、スクーリングも最低限しか申込んでないので、入学して半年以上経って初めてそのキャンパスに足を運んだ。

キャンパスはその昔私が住んでいた町にあるので、おおよその土地勘はあるつもりで油断していたら、初日は大変なことになってしまった(゚ー゚;

まず、お茶の水で特別快速に乗れたので安心していたら、気付いたら乗り過ごしていた( ̄Д ̄;;

そうだ、特別快速って三鷹の次は国分寺だった・・・

武蔵境で降りたかったんだけど・・・

あわてて折り返して、武蔵境でバスに乗り、なんとかキャンパスまでは辿り着いたけど、いつものことながら、こういうところって構内が広いので、構内で迷子になる危険を十分想定していたけど、その通りになった。

だいたい、講義のある教室がどこなのか、表示が見つからない。

バス停から至近の道を行ったら大学の通用口から入ることになり、守衛のおじさんに尋ねたら「この先に表示がありますから」って言うので安心して進んでいったら、どこにもないし。

勘に頼って適当な棟に入ったらそれらしき教室は見つかったものの、教室前の張り紙には違う科目と学籍番号表があり、ますます焦って、やっと見つけた白衣を着た人達に助けを求めたら、大学の先生らしき女性が親切にも事務局まで連れて行って教室の番号を訊いてくれて、該当する教室まで連れていってくれた。

お忙しいだろうに、なんて優しい先生なんだ~と感動。

実はこのところ、全く勉学意欲が湧かずに、もしかしたら卒業しないかも、という気持ちがかなり大きくなってたので、ちょっと心を入れ替えようかと思うのだった。

そしてやっと席についてテキストやらを机の上に用意すると、メガネがない!!
今の私の必需品のシニア・グラスが。リーディング・グラスが・・・。

バスに乗る時、スマホで時刻や行き先を調べる時に使って、またすぐに取り出せるようにと不安定なポケットに入れたのだ、「こんなところに入れると壊れるか失くすかも」と思いながら。

予想通りとなった。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

休み時間にバス停まで歩いてみたけど見つからない。

土曜日は一日雨でどんより曇ってて。

私の夢っていつも薄暗いので、もしかしてこれは夢?と思ってバシバシ自分の頬を叩いてみた。

ん~~~、夢の中でも「これは夢じゃないの?」と思って同じことすることあるから、叩かれた頬が痛くても、これが本当に現実なのか夢なのか、確信が持てないのだった。

でも、今でも記憶があるから、これは現実だったんだね~~~。

あ~あ、最近私の頭ボケ過ぎてます。

もしかして若年性アルツハイマーかも?(もはや若年じゃない)

そんな感じでバタバタと始まったスクーリングだけど、授業内容はメチャ面白かった。

私の所属してる大学は仏教を基盤にしたところなので、「仏教(自己を見つめる)」という科目が必須なのだ。

仏教にはとても興味があるので、1日中ワクワクしながら講義を聴いた。

担当の先生は僧侶ではなく東洋思想・哲学の研究者。

宗教体験を伴わない理論や知識だけの講義だとつまらないな~と思っていたけど、先生の講義の熱気がすごい。

なんか熱烈なゴータマ・ブッタ・ファンという風情もある、面白い先生。

スクーリングは来週末も含めて4日間あり、最後にレポート提出がある。
そのレポートは、決まった形式もなく、自分の感じたことをそのまま書けばいいみたいなので、気分も楽に、でもレポートの準備も兼ねて、このブログで私が講義を聴いて感じたことをツラツラと書いてみたいな~と思う(バカ丸出しになりそうだけど)。

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2015年11月 4日 (水)

フラを始めてみた

今月からフラを始めることにしました。

フラと言っても、これまでのフラメンコじゃなく、フラダンスです!

かつてフラメンコにのめり込んでいた私はフラダンスなんて┐(´д`)┌という偏見の固まりだったけど、今はそんなこだわりもなくなってきました。

会社員時代10年近くフラメンコを習ってたけど、清水の舞台から飛び降りるつもりで会社員を止め、新しい仕事でなんとか生活できるようになることに必死で、フラメンコどころじゃなくなってしまった。

同時にフラメンコに対してもどうしても越えられない壁を感じてしまって・・・。

そして、気付いてみれば開業して早8年。

フラメンコの激しさとは正反対の静けさをどこまでも追い求めることをやってきました。

やっと仕事が軌道に乗ったかも、と思った今日この頃ですが、すっかり職業病になってしまいました。

あまりに動かなくて、ず~っと同じ姿勢で居続けすぎたせいで、身体がおかしくなってきちゃった(>_<)

仕事をする姿勢には問題ないけど、それ以外の動作にものすごい制限を感じるようになってしまい、このままでは日常生活がヤバイ状態です(^_^;)

そういう経緯があって、やっと重い腰を上げて、もう一度「動」を探求することにしました。

何事もバランスが大事ですね・・・。

やはり「動の中の静」「静の中の動」、どっちも大切にしないと。

だからと言って、もうフラメンコは踊れない。

もうあの窮屈な靴が履けない。

今はもっとゆったりと、裸足で大自然とつながりたい。

そう思って先月、とある教室を見学に行ったらば、そこの場と先生のあまりに明るくて眩しい太陽のようなエネルギーに圧倒されてしまいました。

なんか屈託ない、素直な、本当にハワイの空に燦々と輝く太陽のようだ・・・。

私が普段いる世界となんと違うことか!!

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

私のところにいらっしゃるクライアントさん達は「死にたい」とか「生きてる意味がわからない」とかいう言葉は普通。

日常の中で表現できないいわば闇の部分とお付き合いすることを得意とし、心地良いと感じるわたし。

見学に行った日の朝にもかなりヘビーなメールのやりとりをした後だったので、あまりの明るさに目が潰れるかと思いました(。>0<。)

家に帰って夫に「先生の太陽のような明るさに目が眩んだよ」と言ったら、「あんたは月の人なんだよ」と言われてなんとなく納得。

せいぜい「ハワイの夜の海に浮かぶ月」のようになれればいいか、と思います(^_^;)

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
今日が本格的なレッスンとしては初めてだったのだけど、音楽をよ~く聴いていると、フラの音楽って本当に柔らかくて、いわばロング・タイドの波調なんじゃないかと思った。

この波調とシンクロするということは自然界の神々と波調を合わせることになるよねぇ・・・と。

私の魂の師匠のトムもハワイ在住だし、きっと今フラをやる意味があるに違いない・・・。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
この教室はただ踊りを覚えるのではなくてハワイの文化を学ぶ場だということで、レッスンの前に祈りの言葉を唱えたりするのだけど、最初の祈りは、その場所に入らせて下さいというお願いなんだって。

私の魂が、この新しいエネルギーの共同体に入れてもらえるように、何度も唱える必要があるような気がしました。

これまでいくつかの習い事をした経験から、ぶち当たるであろう壁について最初から予測がついてしまうのだけど、なんとか、できるところまで頑張り、楽しみたいと思ってます。




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