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2015年5月11日 (月)

カチカチ山

リトリートにいらした僧侶団、彼ら彼女らの立ち居振る舞いはとてもゆっくり穏やか。

その姿に感動している参加者は大勢いらした。

・・・でも、私の中では、ちょっと違和感。

ホントーにいつもへそ曲がりなんだよ、わたしは。

その穏やかな姿は、なんだか世界の半分しか表現していないように感じられた。

この教団が育ってきた背景にはベトナム戦争があり、反戦運動としての個々人の心の中の平和を築くことが大切だという考えがベースにある。

だからこその、一歩一歩の歩みのうちに自らの平和を感じよう、となる。

それは大いにわかる。

だけど、要するに、物事は単独では成立することはできず、戦争や物質主義・行き過ぎた経済至上主義へのカウンター・カルチャーとしてのひとつの在り方なのだ。

僧侶団の茶色い法衣は大地に根ざして生きることの象徴であるという。

なるほど。

でも、人類全員が茶色い服着て、みんなが静かに穏やかにゆっくり歩いている世界を想像すると、つまんないな~と思ってしまう。

どこか未来に幸せを求めていつもアクセク速足で歩くのを止めることには意味がある。

止まる練習、とても大切。

でもそれらはマインドフルに、今ここに落ち着くためのトレーニング。

自動車教習所でハンドルさばきやアクセルの踏み方をひとつひとつ習い、最初はノロノロと運転してみる。

それが出来たら、常にゆっくり動作する必要はない。

サッサと歩いたり走ったりしても、マインドフルネスでいることはできるはず。

そういう生き生きしたマインドフルネスがいいな~、わたしは。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

Img_0725_2 リトリートの後、河口湖畔からカチカチ山ロープウェイに乗ってみようと思った。

結局時間を気にしてロープウェイには乗らなかったのだけど、入口におとぎ話のカチカチ山のストーリーを説明した絵と、ウサギがタヌキを復讐するために作った泥舟のオブジェが飾ってあった。

心の平和を築く5日間の瞑想合宿直後に、考えてみれば残酷極まりない復讐物語の造り物や説明を目にして、苦笑せずにはいられなかった。

富士山が世界遺産となって、外国人観光客も押し寄せているご時世にこんな身も蓋もないようなお話の模様を自慢気に飾ってしまっていいんかいな???

だけど、やっぱりなんだかすごく可笑しくて、つい、写真を撮ってしまいました。

 Img_0724

調べてみると、最近のカチカチ山のストーリーは随分と柔なお話に変えられてしまっているらしい。

おばあさんはタヌキにいじめられるけど死ななかったり、ウサギがタヌキを懲らしめた後にはタヌキが反省して仲直りしたり。

・・・う~~~ん、それってどうなんだろ???

カチカチ山に限らずに、おとぎ話はだいたい残酷なものが多い。

それを河合隼雄氏は、『昔話の深層』の中で以下のようなことを書かれている(「おしえてgoo」からの孫引き)。

・・・現代人はあまりにも合理性や道徳性などで防衛されているので、怖れおののく事がほとんどなくなってしまった。このような態度が端的に表れているのが死に対するあり方である。医療は病を駆逐し、可能な限り長生きできると信じ、死者には葬式という演出で出来る限り死に対して近付かない(目をそらす)工夫をしていると言ってもよい。

・・・しかし死は存在する。昔話の怖さは死を忘れようとしている人たちに人生における戦慄をあらためて体験せしめる。これは子供が大人になるための大切な要素が組み込まれています。背後にある死の元型の力によって凄まじいものにならざるを得ない。

河合さんは既成の道徳の鎧によって心の動きをおおってほしくないと考えています。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

もちろん戦争が必要なんていうつもりはないけど、世界は常に光と影がある。

どちらも表現されている世界が私は好きだ。

そこでまたまたヘッセの『デミアン』を思い出す。

『デミアン』では神的なものと悪魔的なものとを結合する象徴的な使命を持つ一つの神の名として「アブラクサス」なるものが出て来る。

そう、やっぱりそれ。

私は自分の中にある邪悪さに気づき、自分の中の邪悪さに微笑み、抱きしめたいと思うのだった。

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