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2015年2月

2015年2月28日 (土)

認知行動療法セミナーに行ってきました

昨日、厚生労働省主催の「うつ病の認知療法・認知行動療法研修会」に出席してきた。

こういう公の研修会って資格がないと受けることすらできない。

PSWの資格を取ったお蔭でこういうものにも参加できるようになって嬉しい。
しかも、参加費無料!

無料セミナーだし、お役所主催だし、きっと堅苦しくて退屈な一日に違いないと思ってた。

2~3日前に体調崩して、宿題もやってないし、欠席しちゃおうかな~などと思いながら出席。

だけど、とても良い研修だった。

私って偏見の塊だな~ということを発見した次第。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜ 

宿題は当日の朝、やった(私は昔からそういうタイプ)。

認知療法(CBT)の有名なコラム表というのを記入するわけ。
自分の最近の出来事を思い出して、①状況、②気分、③自動思考、④根拠、⑤反証、⑥適応思考、⑦今の気分、をそれぞれのコラムに記入する。

ああ、なんてめんどくさい!と思いながら渋々作業に取り掛かると、書いてる途中で、あっflairという気づきがあった。ほんの数分で・・・。

むむむ、恐るべし・・・CBT。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

私、CBTを毛嫌いしてた。

きっちり構造化してて、医師や治療家が患者に対して上から目線で「認知の歪みを修正する」。それがそんなに効果あるとも思えないし、かえって傷ついてしまう患者・クライアントもさぞ多かろうと・・・。

それに、なんか浅いんだよね~~~、と。

だけど、結局、効果がないのはCBTが悪いんじゃなくて、それを使いこなせてない治療家の問題だと思えた。

内容は、カウンセリングをしている人にとってはそんなに特別な内容ではない。

講義を聴いていても、自分が普段やっていることを体系化・マニュアル化しているようなものだと思えた。

体系化をして、エビデンスを積み重ねていった方の情熱は素晴らしい。

だけど、マニュアル化してあるせいで、形だけで行なってる人、かなり多いと思う。

 

ところで、日本国内でCBTを広める運動をされてる大野裕先生の今日の講義はとても良かった。

何よりも大野先生のお人柄がとても優しく穏やかで、全然権威的な感じがしない。

売名行為とかじゃなくて、真摯にCBTを広めたいと思っていらしゃるのだということが態度から滲み出ていた。

こんな先生のカウンセリングを受けたら多くの患者さんが回復されると思う。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

私はヒプノセラピーにも偏見があった。

CBTにも偏見があった。

ふたつの療法は対極にある。

でも、どちらでも、クライアントの気持ちにしっかりと寄り添えることが出来れば癒しは起こる。

土台があれば、その上にどんな家でも建てられるし、装飾も付けられる。

あとは、クライアントさんが何を求めてるか、だ。

クライアントさんのタイミングもある。

 

ひとつこだわりを捨てると自由度が増す。

 

強さとはしなやかさ。

賢さもしなやかさ?

柔軟性。

人は(私は)無数の思い込みによって生きている。

思い込み(スキーマ)がなければ生きられない。

貴重な戦略。

でも、中には使い古されて、今は役に立たないスキーマがたくさんある。

思考はだんだん結晶化して柔軟性がなくなる。

ハっと気づいたとき、ひとつのこだわりを手放す。

そして、身も心も軽くなる。

日常の小さなこと、小さな習慣も結晶化している思考のなせるワザ。

「そうか、こんなところに、こんな思い込みがあったんだ!」って気づくことは楽しい。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

ご希望のある方にはCBTも提供しようと思いますので、お声かけて下さいませ。

ご予約は通常の「心理カウンセリング60分」をお選び下さい。

通信欄に「認知行動療法希望」と書いて下さると、私の心の準備ができます(*^^)

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
無料の講習会だったのに、立派なテキストと修了証まで頂きました。

ありがたいです(^。^)
Cbts

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

心と体のセラピースペースAlma Mater(アルマ・マーテル)

東京江戸川区の心理カウンセリング/ヒプノセラピー/クラニオセイクラル


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2015年2月27日 (金)

「私」とは

(今日の気づき)

「私」とは、小さな「思い込み」の集積なのだな~と思った。

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2015年2月17日 (火)

覚悟

先日出席したカウンセリングのセミナーで、ある質問をした。

そして、その時先生から言われた一言が痛気持ち良い衝撃を伴って、胸に突き刺さった。

 

「組織を裏切りなさい。

組織の意向に背いてでも、カウンセリング中はクライアントのためだけに在りなさい。

カウンセラーはそれだけの覚悟がなくてはダメです。

(報告書は適当に書いておけばいいんです。)」

 

個人で仕事をしている時はクライアント対私の二者関係での心配だけしていればよかったけど、外勤で二つの組織で働くと、それぞれにそれぞれの考え方や意向があって、というか、私は組織の期待を先読みしてしまい、クライアントに対する気遣いと同時に組織に対する気遣いもしてしまうのだ。

セミナーで質問したのは別にそのことを相談したわけではなかったんだけど、先生は私の背後にあるものをすぐに読み取ったのか?

それにしても、どうしてこんなにも「グッと」きてしまったんだろう?

 

・・・そうなんだ。

「覚悟」。

 

この言葉が私の魂に響いた。

どんな覚悟をすればいいのか、まだ自分の中でしっくり折り合いがつかない。

 

だけど、私の人生全体に通底するテーマのような気がする。

「覚悟」という言葉・・・。

ちょっと変なんだけれど、私には、過去生で「死に切れなかった武士」みたいな心象がある。 

肝心なところで覚悟が足らなくて逃げ出してしまうような・・・。

そこを、「やりきりたい」んだ・・・。

カウンセラーという仕事でそれができるとしたら、とても有難い。

そういう仕事なんだな、と改めて思う。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

心が変容するためには、古い自己が一旦死ななければならない。

カウンセラーは言ってみれば、クライアントの精神的な死を看取る必要がある。

その過程ではカウンセリングを始めた頃より症状が悪くなるように見えることもある。

そこでオタオタしてたらクライアントが安心して苦しめない。

向谷地 生良氏の『安心して絶望できる人生』という本のように、カウンセラーはクライアントが安心して絶望できるように見守ってあげるのが仕事なのだろうな。
 
私ももう一度褌をしめ直さないと!!!

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2015年2月 7日 (土)

マザーグース(ブレスワーク④)

ブレスワークでの見守り役(シッター)の在り方について。

シッターはブリーザーとひとつになるようにしてブリーザーを見守らなければならない。

ブリーザーは泣いたり叫んだり痛がったり苦しがったりしている。

それを我がことのように感じながらも、決して手を出してはいけない。助けてはならない。

ただし、ブリーザーに頼まれたらなんでもやる。

頼まれれば、ティッシュを差し出したり、さすったり、身体の上にタオルケットをかけてあげたり。

頼まれもしないのに助け船を出す事は、自他の境界線を侵す。

 

シッター役を経験することの意味はとても大きい。

 

目の前で苦しんでいる人を見ると、つい助けたくなり、世話を焼きたくなるのが人情。

でも、そういうことをする人をじゅあんさんは「マザーグース」と呼ぶ。

世話焼きおばさん。

 

世話を焼きたいと思うのはシッターの心の中で起こっている気持ち。

ブリーザーのニーズと自分のニーズとを混同してはいけない。

 

この辺が、私がいろんなグループに出て感じるとても苦々しい気持ちとつながっている。

 
親切な人がいっぱいいた。

親切合戦みたいな・・・。

だけど、それは互いの境界線を越えてるよ、世話を焼くことによってあなたは何を得たいの?

そして、本人は良いことをしているつもりなのがタチが悪い。

そういうことを、その場でとことん話し合えたら良かったと思うけど、私にはまだまだコミュニケーション能力と火の中に座る勇気が足りてない。

全ての援助職、カウンセラー、セラピスト、ヒーラーは自分の中のマザーグースについてよく認識する必要があると、強く思う。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

ブレスワークは個を超えたトランスパーソナルな領域の療法だけど、基本は自他の境界をとても明確にすることを大切にしている。

他の人のシェアのときも、「それはあなたの中で起こっていることなのよ」というコメントがたくさんあった。

みなが自分の中に深く深く入っていくことで、地下水脈で他と出逢う。
他とひとつになる。

プレパーソナルではなくて、トランスパーソナルになるのは結構難しい。

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2015年2月 6日 (金)

ブレス・ワーク③

少し話が前後する。

ブレスでジェットコースター気分を味わい、早々にピークを迎えて、もう十分、ごちそうさまという感じで穏やかな呼吸と穏やかな動きに変わってくる。

他の人達はまだまだ激しく泣き叫んでるので、他の人達が落ち着くのを待ってる感じ。

辺りのエネルギーは、バイオ的に言えばロング・タイドみたいな雰囲気の中で、ふと、自分の左半身のこわばりが、脳梗塞で左半身不随に なってる母と関係があるんではないかという思いがやってきた。

これって思考?判断?と思いながらも、私が今ここで左半身を動かしてあげることで母に何か良い影響が及ぶんじゃないかと思い、左手足を動かしてみる。

母を思い出すと、母に対する愛おしさがこみ上げてきて再び涙が出る。

 
涙を流しながら、周りに意識を向けると、あちこちで「おかあさん!」みたいな声が聞こえる。

みんなが影響し合って、母親との記憶や感情とコンタクトしているみたいだ。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

その後、更に静けさが広がって来た時に、「天使に会いたい」って願ってみた。

そしたら、左肘の辺りにムズムズした感覚がやってきたので、そこに意識を向けていると、そこから薄~いとても繊細なベールのようなものが辺り一面に広がっていくような、それで自分が包まれているような、守られているような感覚を感じた。

これが天使ってこと?と思う。

 
それから更に、天使は自分の内側にいると思って、内側に意識を向ける。

すると、うちの愛猫こまちの可愛らしい姿が思い出されて、愛おしさで胸がいっぱいになる。

こまちは私にとっては天使そのものなのだ。

 
その次に、今朝見た夢に出てきたみすぼらしい野良猫を思い出す。

すると、野良猫に対して「かわいそうだ」という感情が強く湧いてくる。

夢を見ていた時にははっきりした感情はなかったのに、この瞑想?の中で、何度も何度も「かわいそうだ、かわいそうだ」と繰り返した。

 
最後はとても静かに平安のうちにワーク終了。

 
後からパートナーとシェアしたら、私のシッターさんは、「ワークの途中で、自分が両手の指を丸めて床につけてる格好で見守ってる自分に気がついて、『まるで猫になったみたいだ』と思って、自分の前にいる人は『私の飼い主だ』と思った」とおっしゃった。

どうやら愛猫こまちちゃんの魂が私に会いに来てくれていたらしい。

そんなことも起こるでしょうね、この、トランスパーソナルな次元では。。。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

う~~~む、ブレスワーク、楽しかったぁ。

あと何回か受けてみたいなぁ。

次にはどんな体験ができるか楽しみ。
(こうやってハマっていくんでしょうね。時には依存状態に・・・)

 

それにしても、30人の阿鼻叫喚を見守るじゅあんさん、スゲェー、かっけえぇ~~~!

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2015年2月 5日 (木)

ブレス・ワーク②

一日目の終わりにエンジェル・カードを引いた。

タイトルは「贈物」

「人生にはさまざまな贈物が用意されていて
あなたが受け取る時を待っているのです。」

10年以上前にヒプノに興味を持ったけどそこへ行かず、
同じ頃にブレス・ワークにも出逢ったけど、深入りせず、
今、受け取る準備ができたので、それらに再び出逢った、と思う。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

一日目が終わった夜、早く眠らなければと思うが、翌日ブレスをやることに対する緊張か、なかなか寝付けない。

きっとワークが始まったら最初のうちは恐怖心が出て来るんだろうな~と想像して緊張している。

そして、やっと意識が落ちたと思ったら、夢を見た。

ブレスワークの夢。

ブレス2日目、なにか事情があって、結局この日のワークは行わないことになったという夢。

私は「え~~!?」ととてもがっかりしている。

それと、じゅあんさんが夢の中で「シェアしてくれてありがとう」と言ってくれている。

その言葉は1日目のシェアの後に言われた言葉なんだけど、じゅあんさんがわざわざ夢に出てきてくれたことが嬉しかった。

そして、もうひとつの夢。

うちの白猫こまちと、どこかの野良猫が仲睦まじく抱き合って眠っている。

でも、2匹が離れたら、なぜかこまちの身体が傷だらけで、足の先が無くなってしまってるように見える。

私は「ええ?そんなバカな??」「どうしよう」と思いながら野良猫の方を見ると、野良猫はもっとボロボロでみすぼらしく憐みを誘う 。

夢の中では感情はあまり強くは感じない。

でも、私は自分の内面が変化する時は、内臓や血や死体や地下や、ドロドロした夢を見る。

だから、ああ、変化の時なんだろうな~と思った。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

そして2日目。

今日は私がブリーザーをする番。

前日予想した緊張や恐怖は全く出て来ない。

会場が暗くなって、音楽が鳴り出して、呼吸を始める。

じゅあんさんのリードは強制さがなく、自分のペースでやればいいというのがとても良かった。

最初はゆっくりと、深く呼吸する。

自然にできる範囲で呼吸を続けていたら、ある瞬間、身体の肩のあたり?首のあたり?に引っ張られるような感覚が起こり、同時に激し い悲しみの感情と泣き声が始まった。

引っ張られる感覚に身を任せていると、身体はどんどん丸くなって、閉じた目の中は真っ暗に感じられた。

そこで激しく身体を動かしながら、激しく泣き叫んでいる。

そしてそれを冷静に観察している自分がいる。

記憶は全然浮かんでこない。

悲しみの理由もわからない。

体勢から言って、これって胎児期?と判断してる自分がいる。

悲しみの感情はそのうち無くなり、ただ身体だけが激しく動き、泣いている。

 
それから、だんだん体勢が変わってきて、激しい動きと共に今度は笑いがこみ上げてくる。

狂ったように笑っている。

おかしい!!

「おかしい」という感情も、そのうち無くなって、身体だけがただ大声で笑っている。

 
私は悲しみも閉じ込めてきたけど、笑いも閉じ込めてきた。

 
ひとつの感情を閉じ込めると、反対の感情も閉じ込められてしまうのだ。

私は割とポーカーフェイスだと思ってる。

人に感情を覚られたくないのだ。

小さい頃には、「笑ってたまるものか」みたいな気持ちがあった。

なんでだろう?

私は「悲しんでいる人」というキャラを演じたかったのかな・・・

 
何十年分か、笑った。

それを観察してる自分は、なんて面白い、楽しいんだろう!!と思って喜んでいる。

 
楽しい!!!!!

 
ものすごく激しく動いているのに、身体は全然疲れを感じないのも不思議だった。

10年前の時はすごく疲れてしまったのに・・・。

 
私は楽しむことが案外下手だと思う。

何かのために、仕事の技量のために、とか思って努力してしまう。

それでも最近はその努力すること自体が楽しいと感じるけど、無目的に、「楽しむことを目的」に時間を取ることをあまりしない。

 
これってまるでジェットコースターみたいだと思った。

徐々に坂の天辺に昇っていって、一気に坂道を加速する。

「連れて行かれる」感覚がたまらない。

 
昨年末、ヒプノの幼児期退行の最後にインナーチャイルドと大人の自分が好きなことをして遊ぶ場面があって、その時私は「ジェットコースターに乗りたい!」と思ったのだけど、それを今やっている、と思った。(私はジェットコースターって怖くて超ゆる~いのしか乗れないんだけど。)

今度、本物のジェットコースターに乗ってみよう。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

2日目が終わった後、引いたエンジェル・カードは

「楽しむ」

「好奇心と向上心が手をつなげば

どんな体験も楽しめるでしょう。

障害も困窮も楽しみに変えられるでしょう。」

 
まったく、その通りのメッセージでした。

天使さん、ありがとう。

<つづく>

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2015年2月 4日 (水)

ホロトロピック・ブレスワーク①

先週末の2日間、中森じゅあんさん主催のブレス・ワークに参加してきた。

ブレス・ワークとは、精神科医のスタニスラフ・グロフが始めたトランスパーソナルな心理療法のひとつで、深く早い呼吸を続けることで、表面的な意識の奥にある様々な階層の無意識の世界を体験できるもの。身体が勝手に動いたり、様々な記憶(幼児期、胎児期、過去生等)を思い出したり、個を超えた様々な意識と一体となるような体験をしたり、霊的な体験をしたりすることもある。(詳しくはこちらの説明をどうぞ

私は10年以上前に別の人のリードで一度受けたことがあり、その時は自分の中からとても強い悲しみの雄叫び(それはまるで野獣のよう)が出てきた。私の場合記憶は全然浮かんでこなかった。

会場中、阿鼻叫喚。
でもその阿鼻叫喚を聴きながら、人間って表面に見えるよりもものすごく多重的な存在なんだと思って、この世界が、人間がとても興味深いと思ったのを覚えている。

なんだけど、このワーク、ものすごく体力を使うので、マラソンよりきつい。
私はへとへとになり、こんなにまでして自分は何がしたいんだろ~と疑問に思って、その後続けることはなかった。

ところが去年末、ヒプノのセミナーでじゅあんさんに会い、今の私にとってとても目指すべき在り方を見せてくれている姿に魅了され、そのじゅあんさんが何十年もやってるブレス・ワークなら出てみたいと思った。

そして今回の目的は(前回もだけど)、「至高体験がしたいな~」という不謹慎なもの。
もちろん、意図してできることではないのは重々承知。
その時に自分に必要なことが起こるだけ。

というわけで、受けたみたわけです。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
一日目。

二人一組になって行う。
呼吸をする人(ブリーザー)、それを見守る人(シッター)のペアで。

最初は経験豊かなベテランの方がブリーザーをやるので私は見守り役。

私は以前一度経験してるし、何の心配もしてなかったんだけど、いざ始まってみると、瞬時にして会場中に広がる阿鼻叫喚の嵐に強い拒絶反応を感じてしまった。

私の中に起こって来た言葉は「なんでみんないつまでもこの状態の中に留まってるんだろう?」というもの。

そしてこの状態が1時間半も続くと思ったらとても耐えられない、「逃げ出したい!!」と思った。

気がつけば自分の両手には冷汗をかき、軽く痺れている。
(ブレスでは呼吸を続けると自分の身体のブロックがある場所が痺れることは頻繁に起こる。多くの人は手にブロックを持っているという説明があった。)

自分の手の汗をぬぐい、そういう自分をそのまま観察する。

すると、その拒否反応は自分の身体感覚でほんの5分位で過ぎ去り、平静な自分になれた。

その後、「シッターはブリーザーとひとつになるつもりで見守ること」と言われていたけど、私、ひとつになってるのかな?と思い、トムに教わった「クライアントとミッドラインを合わせる」というのをやってみようと思った。

それを意識した途端、私の中に理由の解らない悲しみの感情がこみ上げてきて、涙が出て来た。

その涙を拭くと、悲しみはサラリと過ぎ去り、また冷静になった。

その後はず~っと冷静にブリーザーを見守った。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

ワークが終わった後のシェアリング。

参加者30名全員が自分が体験したことを話し、じゅあんさんがそれにコメントしてくれる。

シェアリングが始まってすぐに「逃げ出したい!」という気持ちが再び襲ってきた。
会場の空気がモワッとして気持ち悪く、身体を感じるとだんだん気持ち悪くなってきた。
軽いパニック発作みたいなもの。トイレに駆け込みたいような気持ち。

でも、それにも耐えていたら平静になってきた。

そして、自分の番が来て、自分が体験したことをそのまま話した。

じゅあんさんは「あなたは何から逃げたいと思ったの?」と。

「あなたが感じたことは全てあなたの中で起こっていること。
あなたの中の激しい感情との間に分裂があるということなのよ。」

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

心理療法も以前は激しいものが多かったけど、最近はだいぶ穏やかなものが台頭してきており、激しいものは今時流行らない、というか、感情を増幅させる必要はないし、それは再トラウマ化の危険がある、という考えを私はこの数年好んでいた。

トムのバイオでも、「感情レベルにはフォーカスしない。あるものはあると認めて、それに関わらず、それのもっと奥にあるものを目指す。一番奥にある『健全さ』にコンタクトする」。

そういう静かな世界を好んで数年やってきたんだけど、あまりに静か過ぎて自分自身バランスが悪いのではと思うようになった。

いつも静かに、じっとして、小さな声で話す日々。
運動不足で、常に副交感神経優位の生活。

そんなときに、こういう激しいワークに再び出逢えたのは幸運だった。

で、ワークから3日たった今、思い返すと、要するに私、人の激しい感情が怖いのね、って思う。だからそれに巻き込まれないように常に人との間に距離を置いている。

その結果、孤独になっちゃってるんだな~と、シンプルな気づき・・・。

プロセス・ワークで"sitting in the fire"って言葉があった。

「火の中に座る」覚悟。

グループワークをファシリテートするにはそれを鍛えないといけないんだなぁ、と思う。

<つづく>

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