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2013年5月14日 (火)

神聖さとは有り難さのこと?~今日のクラニオ・セッションから

今日のクラニオ・セッション中、ある気づきがあった。

以前、ニュートラル勉強会で、自分が施術者をやって、先生に事後チェックしたもらったときに、「すごくいい仕上がりです。この感じです!!神聖さがまんべんなく広がってますね。この感じをよ~く覚えておいて下さい。」と言われた。

自分でやっておきながら、それまでのロングタイド的なものと、その日の"神聖な"感じとの違いがよくわからなかった。

「神聖さ」って具体的には何なのだろう?というのがそれ以来私の心に疑問として引っ掛かっていた。

最近のクラニオ・バイオ・セッションでは、以前に比べて静けさの質が深まっているのを我ながら感じている。

今日も、クライアントさんの仙骨に触れながら深い静けさに浸っていた。

そして、こういう静けさには一人では到達できない、クライアントさんがいてくれればこそ、このような深い静寂の中に連れて行ってもらうことができると思ったら、クライアントさんに対してとても有り難い気持ちが湧いてきた。

心の中でお礼を言うと、今度は私が最近関わっている他の様々な人達のことが思い出されて、その人達にも有り難いな~という気持ちが湧いてきて、その静けさの中で密かにみんなにお礼を言って回った。

静寂の中で感謝の気持ちが次々に浮かんでくるって、そのこと自体が至福の感覚を呼ぶ。

そして、思った。

そうか、「神聖さ」とは「有り難さ」なのかもしれない、と。

少なくとも、神聖さの要素の中に有り難さはある。

神社仏閣などに行って仏像などを見ると有り難く感じて思わず手を合わせたくなる。

神社仏閣でなくても、あまりに有り難いと感じると自然に手を合わせる。

その感覚。

別の言葉でいうと、「感謝」。

この言葉、巷で使い古されてるので、むやみに使うことに抵抗がある。

今日の私の感覚は、「感謝」というよりも、”思わず”湧いて出る「ありがたや~!」という感覚。

・・・ということは、感謝の気持ちが湧く度に神聖さに出逢っているってことか?

そうか、そうか・・・

ありがたや~、ありがたや~~~。

Findhorn

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03. クラニオセイクラル/バイオダイナミクス・オステオパシー」カテゴリの記事

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