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2012年12月17日 (月)

げんぱつについて

さっきのブログの中で「原発にはNO」って書いたけど、私は公の場で大きな声でこれをいうことにかなり抵抗があるんです。

どうしてかというと、私が最初に就職した先は原発関係の機関だったから。

 
当時右も左もわからない田舎の大学生(しかも新しい大学で1期生)だった私はどうやって就職活動したらいいかも全く分からず自分のやりたいことも全くわからないでいました。

一応希望する業界はあったけど、その志望動機も全くあいまいなものだった。

で、当時のバイト先のコネで、通産省出身の政治家のお世話になってよくわからないうちによくわからないところに就職が決まってしまったのでした。

もちろん私の意志を無視して相手が勝手に決めてしまったわけではなく、私の自由意志にもとづいて私が決めたことでした。

でも、とにかく、ホントに、まったく、自分というものがなかったんです。


その機関では、原発は安全なんだと教わり、「あ~、そうだったんだぁ」と単純に信じました。

原発は危険って騒ぐ人も正確な勉強をしてるわけじゃないんだな、と。


ま、そこにいても自分は自己実現できないことを感じて、本当に自分がやりたいことをやろうと思って2年半でそこを辞めたけど、今でもその組織で働いてる知り合いがいます。

その人のことをとても信頼してます。

・・・と、いろいろな過去があるので、私が原発にNOというのは他の人のように他人事としては言えないんです。

NOというときに自分自身に痛みを感じます。

自分自身の一部に対してNOと言っている、というか、他の人みたいに「私は潔白で、あいつが悪い」みたいには言えない。

原発にNOということで、他の原発反対の人たちとは同じ立ち位置には立てない自分を明確にしたかったので、とりあえずここに書いてみました。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

放射能汚染を気にして遠くに避難のために引っ越した人の話とかを聞くと、ふ~~~ん、って感じがします。

私はここでずっと暮らしていくつもりだし、特に怖いとも思わない。

そのために避難する人って自分の中に根源的な恐れがあるんじゃないかと思う。

なるべくなら恐怖に支配されて行動したくないし、最悪のことになったとしても自分が招いたことだからその時は甘んじてその事態を受け入れようと思う。

そして、重大な事故によって原発は安全とは言えないということがわかったら、それに応じるアクションを起こしていけばいい。

あまり感情的にならずに。

 
 
 

あとは、放射能に負けない心と身体を養おう!!と思ってます。

「幸せで調和した状態にあれば、自然界のどんなものからも傷つけられない。」というバッチ博士の言葉を無邪気に信じている私です(*^_^*)

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