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2011年3月21日 (月)

春分の日に

今日は春分。

昼と夜の長さが同じ日。

そして、真西に沈む太陽の方向に、極楽浄土がある・・・

 
バイオダイナミクスのDr.ジェラスは人間にとって一番大切なのはリセットすることだとおっしゃった。

地球も今、いろいろなことをリセットしようとしている。

今回のリセットは人間にとってはあまりにも大きな規模なので痛みも伴う。

でも、絶対にこれで以前よりも健全な方向に向かうと思う。いろんなことが・・・

 
あまりに大きな事態を前にして、ブログに書く言葉も見つからなかった。

刻々と事態が変わり、自分の中にもいろんな感情がわきあがった。

 

でも、意外と冷めた目で見ていたかもしれない。

被災地に飛んで行って手助けしたい!というような衝動は起こらない。

そんな自分に罪悪感を抱いたりもする。

 
そして、あんなに甚大な被害が出ているのに

自分だけはほとんど影響がないということが不思議でならない。

 
心が不安定なときは、何度も般若心経を唱えた。

全ては無であり、空なんだよねって思うと、

今起こっていることもいいでもなく悪いでもなく、

ただ必要があるから起こっている

 
と、思える。

 
そんなこと思ってる割には、14日(月)にスーパーやドラッグストアの空っぽの商品棚を見ると異様に不安や焦燥に駆られる矮小な自分がいた。

 
ところで、大震災の起こる数日前に、友人の訃報を受けた。

生きているのが不思議なくらい体調の悪い子だったので、訃報を受けても「そうか~、残念だな~、もっともっといっぱい話したかったのに」と思っただけだった。

悲しみはまったくわいてこなかった。

そして、「よくぞここまで生き切ったね、お疲れまさ」という思いしかなかった。

もう2ヶ月も前に亡くなっていたらしい。

彼女が亡くなった実感をつかむのも大変なので、なんとなく、E. キューブラ・ロスの『死後の真実』と『人生は廻る輪のように』を再読して彼女の死とつきあった。

それらの本の中で、キューブラ・ロスは「死はない」と断言している。

死とはサナギが蝶になるようなものだと。

そして、亡くなる瞬間は苦しくはなく、必ず先に亡くなった家族や守護天使などが迎えに来てくれて、圧倒的な愛の光に包まれるという。

そのイメージがかなり心身に馴染んだところでの震災のニュースだったので、そんなイメージを持ちながらニュース映像を見ていた。

そして亡くなった友人は今頃空からこの光景を見てるのかな~、どんな気持ちで見てるかな~などと思っていた。

大切なご家族や友人を失くされた方々の悲しみを思うと、今の時期にこんなことを書くこと自体とても不謹慎な気がする。

 
でも、私の心の真実は、こんな感じなのだ。

 
そして、今日は義父の容態がよくないということで、夫は群馬の病院に会いに行っている。

 
いのちって不思議だ。

生死一如。

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