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2011年2月

2011年2月17日 (木)

『逝かない身体』

なんとなくタイトルにひかれて『逝かない身体』という本を読んだ。

最近の私は「生死」というものに関心を引かれ、特に、どちらかというと「どうやって死を受け入れるか」という方に関心があるのだけれど、この本は筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis、通称ALS)を罹患した母を介護する娘の目を通して、身体がどんな状態になってもひたすら生きようとするいのちの姿が描かれていた。

そして、自分の時間の全てを母の介護に注ぎ、どこまでも生かそうとする娘の生への情熱とも執念とも言える姿が書かれていた。

ウィキペディアによれば、筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis、通称ALS)とは、「重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、運動ニューロン病の一種。きわめて進行が速く、半数ほどが発症後3年から5年で呼吸筋麻痺により死亡する(人工呼吸器の装着による延命は可能)。治癒のための有効な治療法は確立されていない」。

 
身体が全く動かなくなる。自力で呼吸もできず瞼を開けることもできなくなる。

そうなれば意志の疎通もできない。

そんな状態でも生きる意味や価値ははあるのか?

著者は明確に、次のように書いている。

「実際のところとてもたくさんのALSの人たちが死の床でさえ笑いながら、家族や友人のために生きると誓い、できるだけ長く、ぎりぎりまで生きて死んでいったのである。だから、あえて彼らのために繰り返して何度も言うが、進行したALS患者が惨めな存在で、意志疎通ができなければ生きる価値がないというのは大変な誤解である。

病人のなかには、自分では生きる意味も見出せず、呼吸する動機さえ乏しくなっていく者もいる。しかし、生きる意味は「他者」によって見出されるものでもあろう。

私も一時は母を哀れんで死なせようとさえしたのだが、そうしなかったのはすんでのところで母の身体から、そのような声 ー あなたたちといたいから、別れたくないから生きている - が聞こえてきたからだ。母はまっすぐに死に向かっているわけではなく、むしろ生きつづけて私たちを見守るために、途切れなく続く身体の微調整と見守りのための膨大な時間を求めてきた。それは到底、父と妹と私の三人だけで担いきれる仕事ではなかったが、運よく大勢の人たちと分かち合えたおかげで、蜜月のような療養生活は発症から12年間にも及んだのである。」(p182)

まったく意志疎通のできなくなった母親を前にして、娘は「母の身体が母の心を封じ込めている」と思っていたが、次第に次のような心境になっていく。

「母は脳だけでなく心臓も胃腸も肝臓も膀胱も同じように委縮させ、あらゆる動性を停滞させて植物化しようとしている。そして不思議なほどに体調の安定した生活が長く続いたのだが、これはよく解釈すれば、余計な思考や運動を止めて省エネルギーで安定した状態を保ち、長く生きていられるようにしていたということだろう。

そう考えると「閉じ込める」という言葉も患者の実態をうまく表現できていない。むしろ草木の精霊のごとく魂は軽やかに放たれて、私たちと共に存在することだけにその本能がが集中しているというふうに考えることだってできるのだ。すると、美しい一輪のカサブランカになった母のイメージが私の脳裏に像を結ぶようになり、母の命は身体に留まりながらも、すでにあらゆる煩悩から自由になっていると信じられたのである。

このように考えていくと、私にはALSの別の姿が見えてきた。脳死とか植物状態と言われる人の幸福も認めないわけにはいかなくなってしまった。この時点での私の最大の関心事は、どちらの考え方を採用するかということだった。暗いほうか明るいほうか - 。

ここからは簡単だった。患者を一方的に哀れむのをやめて、ただ一緒にいられることを尊び、その魂の器である身体を温室に見立てて、欄の花を育てるように大事に守ればよいのである。」(p200)

 
何事も極めるとすごい境地に至るものだ。

 
そして同時に、現在脳梗塞の後遺症で左半身付随と認知症で介護施設に入っている母に対して十分なことをしていない自分ってやっぱり冷たいのかな?と自分を責めたくなる。

 
そして、自分を納得させるために、この『逝かない身体』で描かれているのはとても「都会的な生命のあり方」だと思うことにした。

著者は東京生まれで、学歴もあり、夫が海外赴任をするようなエリートだ。

病気が進行した母親に人工呼吸器をつけ、できる限りの手を尽くして生かそうとしている。

自力での努力を極限まで尽くしている。

「あの世」という視点は基本的になく、とにかく「この世での生命」を生き尽くそうとする。

そして、最後は「ただ一緒にいられることを尊び、欄の花を育てるように大事に見守る」という境地に至る。 

 
一方、先日紹介した『山谷でホスピス・・・』の中で、こんな言葉が印象に残っている。

「農民は死を恐れる比率が低い」

農民は自然を前にしては、自分の日々の営みや個人的なもくろみがどれほど小さいか知っている。だから、自然が運んでくる死に臨んでもそれを恐れない。

 

私の実家は農家。

 
母の姿を見ていてもそんな気がする。

母は最近は「ここまで生きればもういつ死んでもいいな~」と口にするが、それがウソや強がりなどではなく、自然な気持ちのような気がして聞いている。

(でも、母の身体に触れると、まだまだ生命力は旺盛で、そんな簡単に逝きそうには全く思えないけど)

そして私自身もあまり特別なことをしようという気持ちが起きないのだ、困ったことに。

最初の頃は母にクラニオしてあげよう!とか意気込んだけれど、今は別に何かを無理やり変えようと思わない。

ただ寄り添ってあげればそれだけでいいと思っている。

 
『山谷でホスピス~』の中でのこんな言葉も好きだ。

「看取りを難しく考えないで。おうちで家族と暮らしているお年寄りが、ある朝『おばあちゃん、ご飯だよ』って呼びにいったら冷たくなっていた。そうしたら静かに手を合わせればいいんです。それが幸せな死ですよ。むかしからみな、そうして人間は自然に死んできたんだから」

対局にあるようなふたつのあり方。

でも、そこに共通点はあるはず。

 
そして、人によって生命のかたちは実に様々だ。

自分が当事者になったときに、どんないのちの全うの仕方を選ぶのか。

そのときになってみなければ本当にわからない・・・

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2011年2月 9日 (水)

言ってみるもんだ

一昨日、太極拳参加メンバーのお姉さま方と軽い新年会をした。

私は普段聞き役に回ることが多くてあまり自分のことを話す機会がないのだけど、先日は、最近グループホームでこういう仕事してるんです、ってちょっと話したら、参加者のKさんが「あら~、とてもいいお仕事されてますね~」と妙に感心してくれた。

そして、昨日の練功が終わった後でこっそりと私に話しかけてきた。
「他の人に話しても迷惑かと思って・・・」と前置きをしながら。

実は自分の親戚にダウン症の子供を持っている人がいて、その親戚の人は我が子のことがきっかけで心身に障害を持った人が働く場を作りたいと思って、同じ江戸川区内に自ら作業所を作って運営しているのだと教えてくれた。

その作業所の名前は、私が働いてるホームでも見かけたことのあるものだった。

そして、将来のことを考えたら、親がいなくなった後も彼らが安心して暮らしていけることが大切だということで、グループホームも作って運営しているのだという!

また、Kさん自身の小さな会社(江戸川区は自営業を営む人が多い)でも、障害を持った人を2人雇っていて、彼らはとてもよく仕事をしてくれるし可愛くて仕方がない、という話をしてくれた。

おまけに、江戸川区で障害者の教育と言ったらこの人!という立派な先生がいることも教えてくれた。 

 
今までまったくご縁のなかった世界。

でもひとたび自分が関わって、それを話してみれば、こんな身近なところにこの世界に詳しい人がいた。

びっくりです・・・

灯台下暗しってこのこと?

 
 
もっとこの世界への認識を深め、もっと深く関わりなさいってことか。

 
でも、本業の方も深めたいし。。。。

というか、こっちが本業で、あっちは副業、という風には考えたくない。

自分のしていることはどっちも大切に、育てていこう。 

P.S.

やっぱり、朝太極拳に来る人たちはフツウじゃないね~。

以前、今月で喜寿になるお姉さまから「オステオパシー」という言葉が出てきたのでビックリしてよく話を聞いてみたら、ふじ治療院の常連様だったし・・・。

その人からアンドリュー・ワイル博士の語りのCDもらっちゃったし・・・。

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2011年2月 8日 (火)

天然のヒーラー

私が知的障害を持った人と関わってみたいと思った大きな動機は、「そういう人たちは普通の人に比べてずっ~と魂がきれいで、"いわゆる普通"の人のようには物事がうまくできなくとも、周りの人々を幸せにする役目を持っている」というような、どこかから仕入れた頭での知識を現実の世界で体験してみたいと思ったからだ。

そして、今、それを実際に目の当たりにしている気がしている。

 
最近入寮したMちゃんは障害の程度も重く、普通の会話はあまりできない。

ごく簡単な内容の言葉をず~っと繰り返ししゃべっている。

でも、その彼女が、私のいるグループホームで重要な存在となりつつあるのを感じる。

 
彼女は人の名前を覚えるのは早い。

そして、自分の要求があるときは、「しなださん!」とか、よく呼びかけてくる。

 
一方、ホームに住んでいても障害の軽い人たちはどこに障害があるかわからないくらい"普通"なのだけど、その分感情の機微も複雑なので付き合い方も難しい。

ある人は時々反抗期の中学生みたいな態度をとったりする。

そんな彼が、ちょっと不機嫌で反抗的な態度をとったりしてるときに、突然Mちゃんが何の屈託もなく「○○君!!」と呼びかけると、「えっ、何?」と、○○君はついその呼びかけに素直に反応してまう。

そして、「はて?俺ってなんでイライラしてるんだっけ??」と訳わからなくなり、気持ちがリセットされてしまう、ということが起こっている。

 
すごいね~、Mちゃん。

やっぱりあなたは天然のヒーラーだ。

 
他の利用生も、自分よりも弱い存在に対してはとても優しく振舞い、それによってなんとなく温かい雰囲気ができあがってくる。

 
Mちゃんが来る前は、利用生たちは食事時以外は自分の部屋で過ごすことが多く、リビングルームはあまり活用されていなかった。

ところが、Mちゃんは寝るとき以外はず~っとリビングの自分の席に座っているので、自然と彼女を囲んでみんながリビングルームに集まる時間ができてきた。

素晴らしい。

 
Mちゃんがあまりに可愛いので、じっと見つめたくなってしまう私であるが、あまり見つめていると「あっち行ってて!」と言われてしまう。

彼女は自分の意志はとてもはっきりしていて、100%の「YES!」か100%の「NO!」しかない。

100%のまるごとの存在として、どっしりとそこに居る。

 
彼女から得るものはやっぱりものすごく多い気がしている。

 

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2011年2月 6日 (日)

お知らせいろいろ

何やらバタバタしているうちに立春も過ぎ、急に春めいた陽気になりました。

Alma Materからも色々お知らせしなきゃ~と思いながら

日にちがすぐに過ぎてしまいます。

 
2月1日からまた少し料金変えました。

初回料金を設定したのと回数券の種類を増やしたりしてみました。

また、今後、病気や障害などで働きたくても働けない方、でもセッション受けてみたいという方のために特別料金制度を設けました。

詳しくはホームページのセッション・メニュー・ページをご覧ください。

 
そして、イベントの予定をお知らせします。

☆2月12日(土)親子クラニオ@南小岩コミュニティー会館

親子でクラニオを受けるメリットについてパートナーのつかさんのブログでわかりやすい説明が書いてあるので 読んでみてください。

☆3月4日(金)京橋クラニオ・ミニセッション

 
☆そして、今年もスローフラメンコの開催決定しました!

  4月2日(土)13:00~です。

今年はワークショップ2時間とそれに続けて懇親会を設定して
真紀さん&ニコラとお話する時間とします。

開催日が近付いたら改めてお知らせしますが、今すぐ内容を知りたい方は
ホームページのイベントのページをご覧くださいnote

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2011年2月 5日 (土)

フランスからフロリアル直輸入してみた

Florial 良質でオーガニックな精油をなんとか安く仕入れたい、と、今回フランスのフロリアル社から直輸入してみた。

2月1日に注文して2月4日に届くという速さ!

なんて便利な時代なのぉ~

 
フランスでの価格はものすごく安い。

ラベンター・ベラ5gが472円!

オーガニックなのに。

 
日本の代理店での価格は1530円。

3分の1の価格です。

 
ただし、送料がやっぱり高い。

5gの精油10本買って、商品自体の値段は4200円で

送料が3103円。

 
それでも全コスト7303円に対して、これを日本で買ったとすると16260円になり、やっぱり半額以下だ。

 
フロリアルの精油の瓶はあまり可愛くなくて

蓋がごつくて開けづらそうだけど、

いろいろ考えたらやっぱりリピートしそうです。

 
フランス・フロリアル社のホームページは英語版もあり、日本円のレートに変換もできるのですごく便利です。

地球は本当に狭くなったなぁと思う今日この頃です。

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2011年2月 2日 (水)

「山谷でホスピス始めました」

去年の暮れに偶然、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」で山谷でホスピスをやっている人のことを取り上げている回を見た。

そんなことをしている人がいるなんてことをTVで初めて知った。

そして、そのホスピス「きぼうのいえ」の施設長の奥さんで看護師の山本美恵さんの笑顔の質感にとても感動した。

なんといったらいいんだろう?

全然気負いがなく、自然で、だけど、とても深いところから笑っている。

もしかしたら一番深い悲しみを知っている人、悲しみの底から再び生きることを選んできた人の、生きることの喜びも悲しみも全てを知っている顔、なのだろうか?

 
マザー・テレサは有名だけど、あまりにも聖人すぎて、しかも遠い国のことだし、私には縁がない話だと思っていたけれど、山谷といえば我が家からも1時間もかからずに行くことのできる場所。

そんな身近なところで、とても普通の人たちが同じようなことをしている。

すごいな~、すごいな~、と思った。

 
そしたら、1月末に、なんと偶然にも「きぼうのいえ」の関係者の方と知り合う機会があった!

なんというシンクロだろう!!

私の運命は今、そっちに引っ張られているのだろうかぁ~~~、と、きぼうのいえとご縁が出来たこと自体に深く感動してしまい、涙が出そうになった。

そして、「そこでクラニオやらせてほしいです」と言ってしまった。

 
もちろん、本当にやるためにはきちんと施設に連絡を取って了承される必要があるわけだけど、お知り合いになった方はきぼうのいえの電話番号を教えてくれて、ホームページもあることも教えてくれた。

さっそくホームページを見に行ったら、なんとまぁ、素敵な、センスのいい、温かいページなんだろうと再び感動。

たぶん、きぼうのいえを作るという山本雅基(著者で施設長)さんの意思に賛同してくれた心ある専門家が作ってくれたのだろう。

ホームページを見ているだけで心癒されてしまう。

 
さて、それで、衝動的にそこでクラニオやりたいなどと言ってしまった私であるが、よく考えたら現在2つの仕事をかけもちして結構忙しくなってきてるので、これ以上仕事を増やすことは今のところ難しいか・・・と少し冷静になり(何しろやるとしたらボランティアだし)、まずはきぼうのいえについてもう少し勉強してみようと思ったのであった。

そして、きぼうのいえに関する本が何冊も出ていることを初めて知り(本屋さんで見かけたことあるような気がするが意識に入ってこなかった)、映画「おとうと」はきぼうのいえを舞台にしているということも初めて知った。

そういうわけで、読んでみたわけだ、この『東京のドヤ街山谷でホスピス始めました』を。

はぁ~、なんて前振りが長いの。。。。

 
まあ、私の本の紹介は、いつも、その本を通して自分に何が起こったかということを書くことが目的なのでよしとしよう。

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

さあ、それで、本を読んでみたわけだけど、読む前に漠然と思っていた「困っている人を助けてエライ」というような単純な問題ではないなぁと思った。

山本さんは「3度の飯より人助けが好き」と言われてしまう人だ。

かつて日航機墜落事故があったときに現場での悲惨な様子をニュースで見ながら、自分は「こういう地獄のどん底に突き落とされたようなひととともに歩こう」(p81)と決心したのだという。

ぼくの生き方はそれ以外にない。このようなひとの悲しみを減らすためだけに生きよう」(p81)と。

 
それまでの山本さんは大学で哲学を専攻し、自分がどのように生きたらいいのかまったくわからなくて悶々としており、精神的にも不安定になって精神科で処方された薬を服用していた。

それが、その事件をきっかけに「なにか超越的な存在につかまえられて、拠って立つ場所を決定的に示された」のだという。

その後、山本さんは小児がんなど難病の子どもと家族のための滞在施設「ファミリーハウス」の立ち上げに全精力を傾けることになる。

施設の運営が軌道に乗ってくると、ご多分にもれず色々な権力とのしがらみが強くなり、ある日山本さんはバーン・アウトしてしまう。

それから1年くらいはうつとアルコール依存で大変だったそうだ。

その頃に今度は山谷でホスピスをやりたいと思うようになり、同時期に運命的に出会った美恵さんと共にきぼうのいえ立ち上げに向かってがむしゃらに突っ走る。

そして、きぼうのいえが立ちあがった後にもあまりの激務と山谷の海千山千(?)超個性豊かな利用者とのトラブルなどにより夫婦共々倒れてしまったりしている。

そんな大変な思いをし、数々の事件やトラブルや失敗を繰り返しながら少しずつ今の形ができてきたことが書かれている。

そして、個性豊かな利用者たちとのエピソードが愛に溢れた視線で紹介されている。

 
山本さんの姿を読むにつけ、これは「人助けをしてエライ人」というよりは、もうはっきりいって「ビョーキ」って感じ。

画家がほとばしる情熱を絵にぶつけなければ生きていけないように、山本さんは人助けをしなければ生きていけない。

うちの夫は「ものを作らなかったら死んでるのと同じ」というが、それと一緒だ。

彼らにとって選択の余地はない。

 
ある意味うらやましい気もする。

 
そして、私はいったいどういう風に生きたいのだろう?と再び思うわけだ。

 
私もきぼうのいえみたいなところで働いてみたいと思う。

ターミナルケアにも興味がある。

 
どうして?

 
私は、人間っていったい何なんだろう?って思うのだ。

いのちっていったい何?

どういう風に生きるのが本当の幸せなの?

本当の愛ってどういうこと?

 
そういうことについてある程度頭ではわかっているつもり。

 
だけどそれを体験として、腹の底から納得できるような学びがほしいのだ。

 
そして、きぼうのいえのスタッフの方々のような「突き抜けた人たち」と一緒に仕事をしてみたい。

そこから何かを学びたい。

 
山本さんはスタッフの採用面接をする際には「いざというときに一緒に戦ってくれそうかどうか」を採用基準にしたそうだ。

私にはいざというときに一緒に戦えるほどの覚悟があるのだろうか?

 
自分がいざというときに生命をかけるほどコミットできるものって本当に限られていると思う。

私の持ち場はどこだ?

私は私の持ち場をしっかり守ろう。

それがまずは一番。

 
それができたら、自然と、もっと大きな仕事を神様が与えてくれるだろう。。。。

 

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