« こんな寒い日のお客様 | トップページ | 家族の絆 »

2010年2月17日 (水)

母が入院した

先週末、母が脳梗塞のため入院した。

意識を失ったりしたわけではないけれど、左半身が思うように動かない。

 
一昨日から昨日にかけて母に会いに行った。

 
ボケが一気に進んでいた。

母のボケ症状は3年くらい前から始まり年々進行しているのを感じていたが、今年のお正月に会ったときに比べて相当ひどい。

意識がちょっと朦朧としているので、もしかしたら脳梗塞のための急性的な症状なのかもしれないけど、かなりやばい感じ。

ところで、今どきはボケなんて言わずに認知症っていうのだろうけど、別に病名つけなくとも、加齢とともに起こる自然なことって気がするので、私は「ボケ」でいいと思っている。

 
自分の名前はわかる。生年月日もよく覚えている。

でも、今が何月かわからないし、自分がどこにいるのかも、わかったりわからなくなったり。

年齢を尋ねると、調子のいいときには「78歳」と答えるけど、他のときには「五十・・・・いくつだっけ?」とか「四十・・・・・・七?」とか言う。

私に向かって「おまえはまだ○○○に勤めてるんかい?」と訊く。

○○○は私が大学を出てはじめて就職した会社。

そこには2年半しか勤めてなかったし、その後製薬会社に16年も勤めていたのだけど、後者の舌をかみそうなカタカナの社名なんてすっかり記憶の彼方に飛んで消えている。

ましてや、今私は会社を辞めて自宅で仕事してることなんか全然わかってない。

だから「あ~、わざわざ会社を休んで来てくれたんかい」と何度でも言う。

 
もう、一瞬、一瞬、湧いて出る意識とともにいて、時間軸とかはほとんど関係なくなっている。

私のことは認識できるけど、自分の視界から見えなくなると私が来ていることを忘れてしまう。

2日続けて病院に行ったけど、前日も私が来たことなんか認識しようもない。

 
さて、こんな母に接している自分自身を眺めるにつけ、私がこの10年間に学んだ様々な心理療法やボディワーク、そして死生観などに対する認識は、すべてが自分のためだったんだとひしひしと感じる。

たぶん、以前の私だったらこんな風に母と接しられなかった。

 
何よりも素直に母を愛おしいと思い、愛情を表現できるようになったことは私にとってはとても大きな変化なのだ。

そして、何度も繰り返される同じ言葉にそのまま寄り添ったり、体に触れたりすること。

この10年間に学んだことを役立たせている。

 
今年、私のパーソナル・イヤーの数字は「9」。

それはこういういうことかぁ・・・と、密かに思う。

 

 

|

« こんな寒い日のお客様 | トップページ | 家族の絆 »

12. 日々のつれづれ」カテゴリの記事