« たまちゃん、還る | トップページ | また行っちゃったよ、預言カフェ »

2010年1月 8日 (金)

空白

たまちゃんがいなくなって以来、ちょっとしたペット・ロス症候群(T_T)

別に死んじゃったわけでもなく、元の飼い主さんのところに帰れて幸せなのに、わたし個人にとってはぽっかりと穴が開いてしまったようなもので、これに慣れるのには1ヶ月くらいはかかるかもしれないな・・・

外出の際にはいつもたまちゃんちに寄って行くのが習慣だったから、今、外出しようとする度に一抹の寂しさが胸を襲う。

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°

思い出すに、数ヶ月の間のたまちゃんとの交流でいくつかの小さな感情的発見があった。

まず、「浮気」ってこんな感じかな~なんて思ったり。

たまちゃんのところに出かけるとき、また、会えたときの気持ちの高揚感は独特で、うちには家ネコが2匹もいるのに、どうも我が家のネコたちには感じることのできない新鮮な気持ちになるのだった。

そして、ちょっと不憫なところが「なんとか助けてあげたい」という気持ちを起こさせて、それが相手に惹きつけられる大きな要因となる。

元の飼い主Aさんと実際に会ってお話するまでは、たまちゃんを取り合う顔の見えないライバルのようでもあった。

私が毛布を置くと、すぐに違う毛布が増えたり、小屋が出来たり、小屋を改良したり。

ごはんももらい過ぎてるみたいで、たまちゃんはあっという間にメタボになった。
 
初めてAさんとお会いして、二人で立ち話をしているときに現れたたまちゃんの姿がまた面白かった。

いつもなら名前を呼ぶと駆けてくるのに、そのときのたまちゃんはどうしていいのかわからないといった面持ちでしばらくじ~っとしていた。

その姿は、まるで二股かけてる愛人同士が鉢合わせしてしまったのを見てしまった不実な男(たまちゃんは女だけど)みたいで、どっちにいい顔していいかわからずオタオタしてるように見えた。

まあ、だけど、結局収まるべきところに収まって、私も愛人の元から家庭に戻ってきた(笑)。

これまでの不実を我が家の仔たちに詫びて、今まで以上に可愛がるからねぇ~と、媚を売るのだった。

 
それにしても、この寂しさは、喩えて言えば子供が独立したときの親の寂しさに似ているんじゃないかと思った。

大学進学とか、結婚とかで娘や息子がいなくなってしまったときの親の気持ち。。。

 
そうだよ~、そんな感じだよ~などと思っていたら、ふっと、自分が大学を卒業して実家を出て東京にやってきたときのことを思い出した。

私は新しい人生に意気揚々としていたけれど、私のいなくなった部屋を眺めている母の姿を思ったら、「どんなに寂しくて切なかっただろう」という気持ちがじわぁ~っと湧いてきて、母に対してとても申し訳なかったな~という思いで胸が痛くなった。

母を捨てることは当時の私にとってもとても心が痛かったけれども、やっぱりあの頃の私には、私がいなくなった空白に対する母の痛みを実感することはできなかったような気がする。

とは言え、子が親離れし、親が子離れすることは必要なことなのだから、ごめんなさいと言うよりは、「あのとき、淋しさに耐えてくれてどうもありがとう」と言うしかないな、と思う。

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°

ついでに思い出したけど、当時実家には私にしかなつかない半野良猫のチビちゃんがいたんだった。

私が突然いなくなって、その後チビちゃんはどうしたんだろう?

チビちゃんも、突然のことにとても戸惑っただろうな~・・・

しばらくぶりに帰省したときには既にいなくなっていて、私は怖くて「チビちゃんはどうしたの?」とは聞けなかった。

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°

人も動物もいろんな人生の紆余曲折があって、その度にお互いをうれしくさせたり切なくさせたりしてるものなんだな・・・

 
年の始めに、なんだか妙にしんみりと思っちゃった。。。

 

|

« たまちゃん、還る | トップページ | また行っちゃったよ、預言カフェ »

12. 日々のつれづれ」カテゴリの記事