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2010年1月 4日 (月)

父に会う

元旦に父に会った。

たぶん10年ぶり。

 
私の実家はいわゆる機能不全家族で、私が物心ついた頃から父親は悪者であり敵であった。

自分で判断するより前に母からそう教えられていた。

実際ひどいことをする父ではあったが、幼子が自ら判断する前に他者が価値観を押し付けてしまうのはひどいことだなぁと、今では思う。

 
私は若いうちに実家の家族を精神的には捨てて、自分の人生を生き始めた。

そして、できることなら実家が全て火事で焼失してしまえばいいとすら思っていた。

実家でのことなど全て忘れ去ってしまいたかったのだ。

 
でも、30代前半に母が大病をしたとき、私にとっての母とは、好きとか嫌いとかを超えた存在であり、否応なく強い絆で結ばれた、私の一部分なんだということを思い知り、母に対する深い深~い愛に目覚めた。

それでも、父親はまだ私の中ではスペースを与えられることはなかった。

 
数年前、心理療法の世界に足を踏み入れ、自分の心を見つめていく過程で、あるとき、父の魂の叫びを知ることとなった。

客観的には本当にひどいことしかしないのだけれど、それは実は「愛がほしい!お願いだから自分を愛して!!」という苦々しい叫びだったんだと気づき、一時期はずいぶんと父のことを思っては泣いた。

そして、父に対して「育ててくれてありがとう」と、遠くから無言で祈ること何年か。。。

 

だけど、実際に会う勇気はなかなか湧いてこなかった。

父はいまだに実家の中でも邪魔者扱いされ、うとまれている。

そんな父を無視することは他の家族メンバーの間ではあまりにも当たり前のこととなっているので、私が「たまにはおとうさんにも会いたいな」と言う言葉を発すること自体が私にとってはものすごいハードルだったのだ。

普通の人には信じてもらえないかもしれないけど。。。

 

去年、ファミリー・コンステレーションのワークショップに参加し、ヘリンガーの著作を読む中で、家族に対する認識にずいぶんと変化が起こった。

中でもヘリンガーの『愛の法則』の中に書いてあったのだと記憶しているのだけれど、父親の横に立ち、父親に対して「お父さん、私はあなたの娘です」と宣言し、目の前に立っている母親に向かって「お母さん、この人が私の父親です」と宣言する場面があり(順番はどっちだったか覚えてない)、そのふたつの言葉が私にとってとても重要だと思えた。

そう宣言することが、父親から流れてくるもの(エネルギー)を受け取るひとつの方法らしい。父親から流れてくるものとは、個人的な父一人からのエネルギーではなく、父の家系全てを通じて流れている大いなる生命のエネルギーだ。

そして、そのエネルギーを受け取ることと、自分から父に向かうエネルギーを完結させることとがイコールで結ばれる。

たぶん私は幼い頃から父に対する愛のエネルギーを遮っていた。

その流れをふたたび取り戻すことが、私の魂にとって、そして家族全体の魂にとってきっと必要なことなのだ。

そのことを思って以来、思い出したときには父と母がそこにいることをイメージしながらそれらの言葉を宣言することを繰り返した。

 
私は無理してことを起こそうとするのは嫌いなので、自分の中から自然に動きが出てくるのをひたすら待つ。

 

心の中でふたつの言葉を繰り返すこと約半年。

 

ところで、父は今年78歳、母は79歳になる。

そろそろいつ別世界に旅立ってもおかしくないので、現実世界でちゃんと会えるのはあと何回かわからない。

父に対しても実際に会って私の愛を伝えておかないときっと後悔する・・・、そう思うようになった。

 
そして、やっと、やっと実際に会ってみようという気になった。

 
実際に10年ぶりに見た父の姿は、私のイメージよりもだいぶ老け込んでいた。

そりぁ~あたりまえだけど。

 
会って、社交辞令的なあいさつをして、他は何にも話さなかったけど、これが私にできる精一杯だ。

これで十分。

できれば、また来年も同じように顔を見せてあいさつしたいものだ。。。

 
P1010139 自分にとって大きなことを成し遂げた夜、元旦の満月が昇ってくるを見た。

いつになく、ひときわ大きく幻想的で、歴史的な満月を慌ててカメラに収めた。

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