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2010年1月

2010年1月30日 (土)

ブルームーンと月輪

201001301732541 今夜は今月2度目の満月。

ひと月に満月が2度あるとき、2度目の

満月をブルームーンと呼ぶらしい。

 
今年はじめての満月が1月1日だし、

なんだかとってもおめでたい年なのね・・・

写真は今日の午後5時半頃、東の空に出てきたばかりのお月様。

ファーストムーンとブルームーン、両方写真に撮れてラッキー。

何かいいことあるかな?

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°

以下、1月31日朝、追記。

P1310133 昨夜11時40分くらいにもう一度空を見上げると、ブルームーンの周りに大きく立派な月輪がかかっていました。

左の写真にうっすらと写ってる月輪、見えるかな~?

ただでさえ特別な満月なのに、

月輪までかかっているなんて、すご~くありがたい感じ。

真言密教の瞑想法に「月輪観(がちりんかん)」というのがあるそうです。

心の中に月輪(満月)を観じて、それをしだいに拡大してゆき、最終的には宇宙と一体となると観想するのだそうです。

昨夜見たお月様を思い出しながら瞑想できそうです。。。

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2010年1月28日 (木)

七色の雲

白鳥の郷は、白鳥もいいけれど、とにかく空がとてもイイ!

昨日は膨らみかけたお月様もいらっしゃいました。

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そして、白鳥の郷を背に歩き出したあぜ道で上を見上げれば、
白鳥のつばさそのもののような雲!!

Tsubasa2

 
そして、日も暮れかけた頃に、ダメ押し、七色に輝く雲を発見!!!

201001271629412

七色の雲は神様からのメッセージだと聞いたことがあります。

私に何を伝えようとしてるんだろう?

あっ、「神様はいるんだよ」ってメッセージかな。

「いつも見守ってるよ」って・・・

下の写真の左の方の小さな光が七色の雲です。 
201001271629416

この写真を撮ってるときにちょうど村の拡声器からドボルザークの「家路」が聞こえてきました。

ありがたや、ありがたや。。。   

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白鳥を見に行く

千葉県のとある場所に白鳥が越冬にやってくると聞いて、昨日のとても穏やかで暖かな日に出かけてみました。

場所は千葉県印旛郡本埜村。

JR成田線の小林駅から徒歩35~40分。

平成4年、農業用水排水工事の為に溜まった田んぼの溜め水に6羽の白鳥が舞い降りたのをきっかけに餌付けをしたら、毎年冬になると渡ってくるようになって、今では300羽を超える白鳥や鴨たちがやってくるようになったという。

くわしくは本埜村白鳥情報のページでどうぞ。

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°

小林駅を降りて10分くらい歩くと広大な田んぼの中を真っ直ぐに伸びる道に出る。

Michi

田んぼも広いけど、空がとにかく広い!!

この広さがうれしくなって、思わず

「はるか~草原を~一掴みの雲が~~~」と

『母をたずねて3千里』のテーマソングを高らかに口ずさむ(誰にも聞こえないから)。

そして、突然開けた空間に身も心も広がって、やっぱり「時間と空間は相関する」と実感する。

時間は確実にゆっくり流れ、いつも社会的な規範や価値観で縛られている自分が解放されるのを感じる。

社会的価値観の下にある、「ただ在る」という状態を思い出す。

 
ここは成田空港にも結構近いので、遠くの空には着陸体勢間近の飛行機が低く飛んでいくのが見える。

そして、おや?

飛行機みたいだけど、ちょっと違う動く物体が見えて、それが白鳥の小さな群れであることがわかる。

目的地はあの辺だ!

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☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°

白鳥たちがいるのは、冬の間だけ水を張ってある田んぼに作った溜め池。

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近くの道路にはたくさんの車が止まってて、大勢の人たちが見物に来ている。

高性能なカメラを持った人や、近くの老人ホームから連れられてきたお年寄りやら。

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毎日8時と4時が餌付けの時間とのことなので、その時間が近づくとあちこちに出かけていた白鳥たちが次々と帰ってくる。

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意外だったのは、人がエサを撒いても鳥たちは最初ちっともエサの方へよって来ないこと。

一応野生動物としての警戒心はあるらしい。

雁や鴨たちの方が勇敢で、最初に雁たちがエサに近づいて食べ始め、白鳥たちはそれに遅れることしばし。

でもだんだん調子が出てきて、みんな同じ場所に集まり首をうねうねさせながらのお食事風景は、なんだか虫みたいでちょっと気持ち悪いかも(^_^;)

ここの主役は白鳥だけど、雁(鴨?)ちゃんだってがんばってるのだ。

普段池や湖でくつろぐ鴨ちゃんはよく見るけれど、こんなに活発に飛び回る姿を見られる機会はあまりない。

間近でバサバサと羽をはばたたかせて飛ぶ姿はなんだか昆虫みたい。

バッタとかミツバチとかを連想する。

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白鳥に比べて小さな翼で、一生懸命羽ばたいて、もうすぐまたシベリアまで飛んでいくのかと思うと、尊敬してまう。

また来年も無事にここに来てねと密かにお願いして、また来た田んぼの中の長~い道を歩いて帰りました。

鳥たちがシベリアへ向けて飛び立つのは2月下旬とのことだけど、2月に入る頃にはだんだんそわそわと落ち着かなくなってくるそうです。

今日みたいな暖かい日が続くと、もう居ても立ってもいられなくなるかもね。

今年は早く帰っちゃうんじゃないかしら?

白鳥さんたちに会いたい人は急いででかけた方がいいかもしれません。

 

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2010年1月18日 (月)

自然動物園@行船公園

Sn3f0158 船堀駅と西葛西駅の中間あたりに行船公園というのがあって、その中に自然動物園があります。

船堀街道をただ南下すれば到着するので、夫と二人仲良く自転車をこいで、行ってみました。

なんと入園料無料(さすが江戸川区!)なのに結構いろんな動物がいて、ふれあいコーナーというのもあって動物たちと触れ合うことができます。

私は動物が大好きです。

動物を見てるととても癒される。

たぶんそれは、動物たちがあるがままの姿を見せてくれるから。

作為がない。

あんなふうになれたらいいな~と思う。

 
そして、動物を見ている人間を観察するのもこれまた楽しい。

動物を見ている人って、とても素直に感情表現をしてたりする。

動物セラピーって効果あるよなぁなんて思う。

 
Sn3f0154 さてと、ふれあいコーナーで生まれて初めてひつじに触れてみました。

ひつじさんのもこもこした毛玉の中にそぉ~っと手を入れてみると、もわ~~んと空気がこもってて、あったかくて、ちょっと気持ち悪い(^_^;) 

でも、少し勇気を出してそのまま5~6cm下の皮膚に触れてみる。

そして、首と肩の付け根辺りを揉んであげると、結構気持ち良さそうに目を細めて口をもごもごさせてました!

Sn3f0155私、職業柄か、動物の気持ちいい場所を探すのも得意なのかも・・・
 

お腹の大きなヤギさんもいました。

お腹の中の赤ちゃんが元気にお母さんのお腹を蹴っている様子があからさまに見えて、もう今日・明日にも生まれるんじゃないか、という感じ。

 
 
 
中でも可愛かったのはプレーリードックちゃん。

一瞬も止まることなくいろんな表情を見せてくれて、見てると飽きません。

他にもワラビー、ハイイロリス、レッサーパンダ、クモザル、リスザル、オタリア、ペンギン、などたくさんの動物さんたちに会えます。

江戸川区近辺の方、ぜひ一度訪れてみて下さいな。

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ホントに、江戸川区は住みやすいところだな~と実感してます。

そして、江戸川育ちの人たちって結構地元を愛してる感じがします。

私も愛してますよぉ~~~heart01 

 

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2010年1月16日 (土)

パーソナル・イヤーは「9」

ヌメロロジー(数秘術)でいうと、私の今年のパーソナル・イヤーは「9」。

ひとつのサイクルが終わる年であり、「9」の数字が象徴する今年の私のテーマは「全てを手放す、執着を捨てる」ということ。

 
なんとなく、年初からそのレッスンが始まっているような気がしてならない。。。

 
お正月、1月2日にたまちゃんが突然いなくなってしまったというのが今年を端的に象徴しているようだ。

 
そして、とても仲がよかった友達がこの春に田舎に帰るという知らせを受けた。

普段、私はあまり「寂しい」という感情を感じないのだけど、彼女が遠くにいってしまうということを考えたら素直に「寂しくなるな~」と思った。

仲がいいなんていっても、最近は会うのは年に1~2回とかだったけど。

でも、東京近郊に住んでいると「いつでも会える」って思ってたから、今度は飛行機に乗らなければ会いにいけなくなると思うと、やっぱり寂しい。。。

 

そして、今日、近所(うちから徒歩1分)のスーパーに買い物にいったら、なんと今月いっぱいで閉店になるというお知らせが貼ってあった!

3年ほど前に近所にできた大型スーパーにお客を取られてしまっていて、最近はいつ行っても閑古鳥がないていて、長くは持たないだろうと想像してはいたけれど・・・、やっぱり残念!

今のマンションを購入することにした大きな要因のひとつはすぐ近くにスーパーがあることだったし、今までは1日に2回とか買い物に行っていた(お昼の買い物はお昼に、夕食の買い物は夕方に)ので、このスーパーがなくなってしまうのはとっても痛い。

とは言っても、新しくできた大型スーパーはうちから徒歩5分くらいだから、そんなには困らないのだけど。。。

今年が始まってまだたった16日なのに手放さなければならないことが3つも起こった。

 
あ~あ、今年はもっともっと大きなものを手放すことになるのだろうか?

なんだろう???

覚悟してかからねば。。。

 
古いものを全て手放した後にはまた新しいものが入ってくる。

それが宇宙の循環。

それを楽しみに、手放そう。。。

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2010年1月13日 (水)

また行っちゃったよ、預言カフェ

またしても行ってしまいました、預言カフェ

 
チャラチャラしたミーハーなスピリチュアルは嫌いなんですけど・・・

昨年10月に初めて行った預言カフェでとても的をついたことを言われて感動してしまって、リピート。

すっかり主催者の思う壺であります。

 
年明けから自分の気持ちはずっともやもやしてて、何をどうしていいのか埒が明かず、ここは神様にヒントをもらうしかないなと思ったわけです。

おみくじを引くようなつもりで、また、同じ早稲田にある穴八幡神社にもまだ今年の「一陽来復」のお札をもらいに行ってなかったので、ちょうどいい機会だと思って、両方に行ってきました。

行ったのは1月7日で、預言カフェの今年はじめてオープンする日だったので正午に到着して名前を書いたら私の順番は50番目でした。

お店に入れる推測時刻は3時過ぎとのこと。

穴八幡へお参りに行っても時間は有り余るほどあるので、電車に乗って他の町までウィンドウショッピングに出かけて時間を潰しました。

 

さて、さんざん待ってから始まった私への預言。

う~~~ん、今回も感動して泣きそうになってしまった。

 
どうしてこんなにも心に響くことが言えるのでしょう?

それとも何か単純なテクニックがあるのでしょうか?

 
とにかく、神様のお言葉は私の精神に暖かな滋養(ナリッシュメント)となって降り注いだのでした。。。

 
内容は大きく分けて3つあったけど、私に響いたのは最初の預言だった。

 
これからは私の道をまっすぐに進めるようにしますよ、と。

これまでさんざん回り道をしてきたけれど、これからはもう他のことに時間やエネルギーを取られることなく、まっすぐに行きなさい、と。

そして、これまで回り道して費やしたものごとを祝福に変えていきますよ、と。

 
自分の道に確信と自信が持てなくてふらふらしてたんだよね・・・わたし。

このままでいいんだと思えたことがすごく自分を楽にしてくれた。

 
そして神様は「あなたを愛していますよ、いつも見ていますよ、見守っていますよ」と言って下さる。

本当の人間でもなく、ほとんどだれにでも向けられるいわば社交辞令みたいな言葉なのに、言われる方としては何故かうれしい。

なぜだ???

やっぱり不安だから、いつもだれかが見守っていてくれるというのは心強い。

 
人生に絶望してしまうか希望を持てるかの違いは、どんな苦しいときにあっても「何者か」に守られていると感じられるかどうかの違いなのかもしれない。

自分を超えた「何か」を信じられるかどうか。。。

 
私は、どうなんだろう?

 
私は一応、この「世界」を信じてる、ってとこかな。。。

 

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

心と体のセラピースペースAlma Mater(アルマ・マーテル)

東京江戸川区の心理カウンセリング/ヒプノセラピー/クラニオセイクラル

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2010年1月 8日 (金)

空白

たまちゃんがいなくなって以来、ちょっとしたペット・ロス症候群(T_T)

別に死んじゃったわけでもなく、元の飼い主さんのところに帰れて幸せなのに、わたし個人にとってはぽっかりと穴が開いてしまったようなもので、これに慣れるのには1ヶ月くらいはかかるかもしれないな・・・

外出の際にはいつもたまちゃんちに寄って行くのが習慣だったから、今、外出しようとする度に一抹の寂しさが胸を襲う。

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°

思い出すに、数ヶ月の間のたまちゃんとの交流でいくつかの小さな感情的発見があった。

まず、「浮気」ってこんな感じかな~なんて思ったり。

たまちゃんのところに出かけるとき、また、会えたときの気持ちの高揚感は独特で、うちには家ネコが2匹もいるのに、どうも我が家のネコたちには感じることのできない新鮮な気持ちになるのだった。

そして、ちょっと不憫なところが「なんとか助けてあげたい」という気持ちを起こさせて、それが相手に惹きつけられる大きな要因となる。

元の飼い主Aさんと実際に会ってお話するまでは、たまちゃんを取り合う顔の見えないライバルのようでもあった。

私が毛布を置くと、すぐに違う毛布が増えたり、小屋が出来たり、小屋を改良したり。

ごはんももらい過ぎてるみたいで、たまちゃんはあっという間にメタボになった。
 
初めてAさんとお会いして、二人で立ち話をしているときに現れたたまちゃんの姿がまた面白かった。

いつもなら名前を呼ぶと駆けてくるのに、そのときのたまちゃんはどうしていいのかわからないといった面持ちでしばらくじ~っとしていた。

その姿は、まるで二股かけてる愛人同士が鉢合わせしてしまったのを見てしまった不実な男(たまちゃんは女だけど)みたいで、どっちにいい顔していいかわからずオタオタしてるように見えた。

まあ、だけど、結局収まるべきところに収まって、私も愛人の元から家庭に戻ってきた(笑)。

これまでの不実を我が家の仔たちに詫びて、今まで以上に可愛がるからねぇ~と、媚を売るのだった。

 
それにしても、この寂しさは、喩えて言えば子供が独立したときの親の寂しさに似ているんじゃないかと思った。

大学進学とか、結婚とかで娘や息子がいなくなってしまったときの親の気持ち。。。

 
そうだよ~、そんな感じだよ~などと思っていたら、ふっと、自分が大学を卒業して実家を出て東京にやってきたときのことを思い出した。

私は新しい人生に意気揚々としていたけれど、私のいなくなった部屋を眺めている母の姿を思ったら、「どんなに寂しくて切なかっただろう」という気持ちがじわぁ~っと湧いてきて、母に対してとても申し訳なかったな~という思いで胸が痛くなった。

母を捨てることは当時の私にとってもとても心が痛かったけれども、やっぱりあの頃の私には、私がいなくなった空白に対する母の痛みを実感することはできなかったような気がする。

とは言え、子が親離れし、親が子離れすることは必要なことなのだから、ごめんなさいと言うよりは、「あのとき、淋しさに耐えてくれてどうもありがとう」と言うしかないな、と思う。

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°

ついでに思い出したけど、当時実家には私にしかなつかない半野良猫のチビちゃんがいたんだった。

私が突然いなくなって、その後チビちゃんはどうしたんだろう?

チビちゃんも、突然のことにとても戸惑っただろうな~・・・

しばらくぶりに帰省したときには既にいなくなっていて、私は怖くて「チビちゃんはどうしたの?」とは聞けなかった。

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°

人も動物もいろんな人生の紆余曲折があって、その度にお互いをうれしくさせたり切なくさせたりしてるものなんだな・・・

 
年の始めに、なんだか妙にしんみりと思っちゃった。。。

 

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2010年1月 5日 (火)

たまちゃん、還る

毎日の生活サイクルの中で野良猫のたまちゃんcatに会いにいくのが日課となっていた。

大晦日の深夜(=元旦)零時過ぎ、近所の香取神社に初詣に行く途中にもたまちゃんのおうちに立ち寄り、たまちゃんがおうちの中で丸まって寝ているのを確認した。

夜が明けて、元旦の朝、実家に帰る途中にもたまちゃんと朝日の中で「今年もよろしくね~」とあいさつを交わした。

 
翌2日の夜、帰京して、いつものようにたまちゃんちに立ち寄ってみると、家がない!!!

跡形もない!!!

 
たまちゃんを呼んでも出てこない。

 

心配゜゜(´□`。)°゜。。

 
翌日の朝もいない。

とにかくたまちゃんの気配がない。。。

 

夕方、いつもの場所に行ってみたら、ご近所の野良猫ボランティアの人から

「シロちゃんはあの方(Aさん)が自宅に連れて帰られましたよ」と教えてくれた。

 

Aさんの娘さんが帰省して、「可哀そうだからシロちゃん(=たまちゃん)を連れ戻せばいいじゃない」とAさんを促したとか。

連れ戻されたシロちゃん(=たまちゃん)は、元々暮らしてた自分のおうち(?)(小屋?)にすんなりと入っていったらしい。

 
そうか~~~、シロちゃん(=たまちゃん)、よかったねぇ~~~~

幸せに暮らしてねぇ~~~~~~

(また隣のネコ嫌いのおばさんにつかまらないように気をつけてね~~~~)

 

わたし的にはちょっと切ないお正月となったけど、
たまちゃんの幸せが私の幸せよheart01

今年は野良猫にうつつを抜かしてないで、
もっとしっかり仕事に身を入れようnote

 
・・・それにしても、やっぱり寂しいな。。。(ρ_;)

Tama1hiza1  

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2010年1月 4日 (月)

父に会う

元旦に父に会った。

たぶん10年ぶり。

 
私の実家はいわゆる機能不全家族で、私が物心ついた頃から父親は悪者であり敵であった。

自分で判断するより前に母からそう教えられていた。

実際ひどいことをする父ではあったが、幼子が自ら判断する前に他者が価値観を押し付けてしまうのはひどいことだなぁと、今では思う。

 
私は若いうちに実家の家族を精神的には捨てて、自分の人生を生き始めた。

そして、できることなら実家が全て火事で焼失してしまえばいいとすら思っていた。

実家でのことなど全て忘れ去ってしまいたかったのだ。

 
でも、30代前半に母が大病をしたとき、私にとっての母とは、好きとか嫌いとかを超えた存在であり、否応なく強い絆で結ばれた、私の一部分なんだということを思い知り、母に対する深い深~い愛に目覚めた。

それでも、父親はまだ私の中ではスペースを与えられることはなかった。

 
数年前、心理療法の世界に足を踏み入れ、自分の心を見つめていく過程で、あるとき、父の魂の叫びを知ることとなった。

客観的には本当にひどいことしかしないのだけれど、それは実は「愛がほしい!お願いだから自分を愛して!!」という苦々しい叫びだったんだと気づき、一時期はずいぶんと父のことを思っては泣いた。

そして、父に対して「育ててくれてありがとう」と、遠くから無言で祈ること何年か。。。

 

だけど、実際に会う勇気はなかなか湧いてこなかった。

父はいまだに実家の中でも邪魔者扱いされ、うとまれている。

そんな父を無視することは他の家族メンバーの間ではあまりにも当たり前のこととなっているので、私が「たまにはおとうさんにも会いたいな」と言う言葉を発すること自体が私にとってはものすごいハードルだったのだ。

普通の人には信じてもらえないかもしれないけど。。。

 

去年、ファミリー・コンステレーションのワークショップに参加し、ヘリンガーの著作を読む中で、家族に対する認識にずいぶんと変化が起こった。

中でもヘリンガーの『愛の法則』の中に書いてあったのだと記憶しているのだけれど、父親の横に立ち、父親に対して「お父さん、私はあなたの娘です」と宣言し、目の前に立っている母親に向かって「お母さん、この人が私の父親です」と宣言する場面があり(順番はどっちだったか覚えてない)、そのふたつの言葉が私にとってとても重要だと思えた。

そう宣言することが、父親から流れてくるもの(エネルギー)を受け取るひとつの方法らしい。父親から流れてくるものとは、個人的な父一人からのエネルギーではなく、父の家系全てを通じて流れている大いなる生命のエネルギーだ。

そして、そのエネルギーを受け取ることと、自分から父に向かうエネルギーを完結させることとがイコールで結ばれる。

たぶん私は幼い頃から父に対する愛のエネルギーを遮っていた。

その流れをふたたび取り戻すことが、私の魂にとって、そして家族全体の魂にとってきっと必要なことなのだ。

そのことを思って以来、思い出したときには父と母がそこにいることをイメージしながらそれらの言葉を宣言することを繰り返した。

 
私は無理してことを起こそうとするのは嫌いなので、自分の中から自然に動きが出てくるのをひたすら待つ。

 

心の中でふたつの言葉を繰り返すこと約半年。

 

ところで、父は今年78歳、母は79歳になる。

そろそろいつ別世界に旅立ってもおかしくないので、現実世界でちゃんと会えるのはあと何回かわからない。

父に対しても実際に会って私の愛を伝えておかないときっと後悔する・・・、そう思うようになった。

 
そして、やっと、やっと実際に会ってみようという気になった。

 
実際に10年ぶりに見た父の姿は、私のイメージよりもだいぶ老け込んでいた。

そりぁ~あたりまえだけど。

 
会って、社交辞令的なあいさつをして、他は何にも話さなかったけど、これが私にできる精一杯だ。

これで十分。

できれば、また来年も同じように顔を見せてあいさつしたいものだ。。。

 
P1010139 自分にとって大きなことを成し遂げた夜、元旦の満月が昇ってくるを見た。

いつになく、ひときわ大きく幻想的で、歴史的な満月を慌ててカメラに収めた。

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2010年1月 3日 (日)

ふるさとへ

P1020148_2 元旦から2日にかけて田舎へ帰省してきた。

帰省とはいっても、実家は夫ともども群馬県なので、帰ろうと思えば普通電車ですぐに行けてしまう距離。

だけど、帰るのは年に1度だけなのだ。。。

私は赤城山のふもとで育った。

高崎線に乗っていて赤城山が見えて来ると「ああ、帰ってきたな~」と思う。

子供の頃はいつも赤城山を見て天気を判断した。

赤城山がよく見えれば穏やかな日、赤城山が隠れていると空っ風が吹いてとても寒い日。

 

母は、自分の家の辺りから見る赤城山が一番美しく、他の地域からではとても変な形に見えて美しくないという。

うちの辺りから見る赤城山は女の人が寝ている形に見える。

一番左が頭、ついで胸、お腹、ひざ。
P1020141_2

昨日はお腹のあたりからひざのあたりは雲で隠れていて
こんな日は風花が吹いたりする。

この写真は夫の実家の近所からのものなので、私の家からだともっと山が近い。

赤城山のエネルギーをたっぷり感じて、今年一年また元気に過ごせるかな・・・

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2010年1月 1日 (金)

明けましておめでとうございます

2010年、あけましておめでとうございます。

P1010135

今朝も凛と澄んだ空の下、初めての太陽が昇りました。

そして、西方にはいつものように、富士山が見えます。

P1010139

毎年、自宅からの初日の出と初富士の写真を撮り続けています。

毎年同じようだけど、決して同じではない。

また、今年一年を清清しく生きたいと思います。

昨年中お世話になった皆様、本当にありがとうございました。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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