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2009年12月11日 (金)

無償の愛

引き続きバイオダイナミクス・セミナーでの話。

以下は、最終日の朝、ある人の質問に対するトムの答えからの抜粋。

「バイオダイナミクスの治療では、我々は何かの意図を持ってやっているわけではなく、唯一その人の中の叡智がやろうとしていることをそのままにしてあげたいだけである。

施術者としても「助け」を求めている、あるいは「祈っている」ようなものだ。

施術者自身、患者を助けるための十分な技術を持っているわけでもなく、プロセスを支えるに足る十分な愛を持っているわけでもないので、「助け」を求めるわけである。自分以外のところに。

「助け」というのは常にあって、それは我々よりも常にクリアでパワフルなものである。

それは決していなくはない。

ただ、我々がそこから分離してしまうだけである。

でも、それでも「助け」はそこにいる。

それは、天使やら人やらというものではなく、何かの「存在」(あるいは存在性)なのだ。

多くの人たちが信じていることは、我々が地球という3次元の世界にいるのは我々が別個の存在としてあることに感謝するためだということだ。

別の次元(4次元とか5次元とか)では我々は別個の存在ではなくなっているし、別個に存在することはできない。

 
我々は、神の愛やサポートから分離することは決してない。

ただ、私たちの幻想が、私たちを分離し独立したものとして現している。

何か問題が起きたりすると、「助け」から更に自分を離してしまう。「助け」を求めるのとは逆に。

 
ただ思い出せばよい。

毎日の、その瞬間瞬間に愛によって包まれていることを。

ブレス・オブ・ライフ(神の息吹)とブレス・オブ・ラブ(神の愛)がどの瞬間も常に自分の中に吹き込んでいなかったら我々はすぐに死んでしまうはずである。

我々はそのことを学ばなくてはいけないのだけれど、そのための小さなステップがバイオダイナミクスなわけである。

いろんな場面でいろんな条件を与えられ、小さいなテストをされつつ、そのうち「これしかありようがない」というところまでたどり着くまで、ひとつの"HOME"に戻るための道のりを探さなければならない。

患者が家に帰るための道のりを探してあげなければならない。

100回中99回は家(home)から遠ざかる方向へ向かっていってしまう。

だがその99回目がいつかはわからない。

もしかしたら99回目の治療をしたときにその患者はHOMEへ帰るということが起こるかもしれない。

 
そのうちわかるようになると思うけれども、実は我々が「助けてもらう人」で自分自身が「患者」である。施術者としているけれども。

なので、我々は「何もしていない」ということ。

でも、心を開いて奉仕をしていれば多くのことが起こり得る。

邪魔をする度合いが少なければ少ないほど、そのプロセスの仲間に入れてくれてより多くのことを観察させてもらえる。

その様というのは信じがたいほどのことなのだ。

 
病気に戦いを挑むのではない。

健全(HEALTH)をサポートするのだ。

もともと起ころうとしていることをサポートしようとしている。

 
だから、何でも扱うことができる。

バイオダイナミクスではこういう症状は治療できますか?こんな症状はどうですか?という質問をよく受けるけれども、何でも治療できて、しかも助けになる。

たいがいの場合は助けになる。

・・・他に質問は?

この言葉を聞いていて、私は目がウルウルになった。

この日記用に文章起こしをし、これを読んでいる今も涙が溢れ出る。
 

まさにHOMEを思い出している感覚だ。

 
内容的にはスピリチュアルな世界では割と一般的な事柄だと思う。

でも、それを誰が、どんな風にいうかで全然違ったものになる。

 
非常に気高い志の下にバイオダイナミクスは息づいている。

その末席に座らせていただけたことに深々と頭を垂れたい。

 

この話の後、後頭骨、側頭骨、蝶形骨の骨内の動きを感じるエクササイズに入っていったのだった。。。

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