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2009年5月 2日 (土)

『身体が「ノー」と言うとき』

 最近こんな本を読んだ。

身体が「ノー」と言うとき -
 抑圧された感情の代価

著者はカナダの医学博士で、一般開業医と緩和ケア病棟の医師として働いた四半世紀の時間から、様々な病気(自己免疫疾患とされる強皮症・慢性関節リウマチ・潰瘍性大腸炎などや、アルツハイマー病、がんなど)を持つ患者にある共通点があることに気がついた。

それらは、彼らが「ノー、嫌だ」と言えないこと、怒りなどのネガティブな感情を適正に表現することができず、心の奥底に抑圧された膨大な感情をためこんでいることだった。

患者本人には関心をはらわず、病気だけを見て治療する医学に疑問を抱き始めた著者は、近年、人間の心の動きは細胞レベル・分子レベルで身体の機能に影響を与えることを立証し、学問分野として確立しつつある「精神・神経・免疫・内分泌学」こそが自分の求めていた探求の道だと確信した。

著書の中では、深刻な疾患にかかった著名人の幼少時からの心の軌跡を伝記やその他の資料を手がかりにたどったり、多くの患者にインタビューして、彼らの人生が彼らの病気と無関係ではなかったことを明らかにしている。

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心と身体、抑圧された感情と病気の関係については私もきっとその通りだと思っている。

そのことをしっかりした医学的知識と心理療法的視点の両方から詳しく書かれている点でとても興味深かった。

そして、この本は内容がびっしり書かれているので読み終わるまでに結構な時間を要してしまったのだけど、その間に私のところに心理療法を受けに来て下さる方々と接しながら、やはりいかに「ノー、嫌だ」ということが難しいことかということをひしひしと感じた1ヶ月だった。

そして、自分自身のことを振り返ると、私自身「ノー」ということはかなり下手だ。

私の重要な弱点のひとつだと思う。

 
「ノー」ということの恐さ、痛みを自分自身でももっと感じないとダメだ、と思った。

 

そして、ちょうど折りよく、自分を居心地悪くさせる出来事が起こり、勇気を振り絞って「ノー」を表現してみた。

とてもとても小さな「ノー」。

それだけでも随分と自分の中に不安が走った。

それを約1週間の間に徐々に温め、少しずつ「ノー」の調子を強めてみた。

そしたら、2年ぶりくらいに熱を出して寝込んでしまった(爆)。

 
熱が出たのと「ノー」を表現したこととに関係があるかどうかは全くわからない。

でも、興味深い偶然の一致だったことは確かだ。

 

私はもっともっと「ノー」をうまく言えるようにならないといけないなぁと思う。

 
著書の中にはいろいろな重要な言葉があるのだけど、私はあえてこんな言葉を紹介したい。

「怒りとは、幼い子供が自分のために一歩進み出て『自分は大切な存在だ』と宣言するために母なる自然が与えてくれたエネルギーである」

そして、

「これは罪悪感じゃないのかな?やった!素晴らしい!つまり僕は正しいことをしたわけだ。自分が変わるために、自分のために行動したんだ」

「罪悪感を持つことと恨みを持つことのどちらかを選ばなくてはならないときは、いつも罪悪感を選びなさい」

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 心と体のセラピースペース Alma Mater(アルマ・マーテル)

東京都江戸川区のクラニオセイクラル/ヒプノセラピー/心理カウンセリング

                                                                  

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