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2009年5月17日 (日)

ピストーリウス

友達とケンカ別れしてしまった後、またはそれまで親しんでいた組織から離れざるを得なくなってしまったとき、私はヘッセの小説『デミアン』の中で主人公シンクレールが魂の友ピストーリウスとケンカ別れしてしまう場面を読んで、自分をなぐさめる。

風変わりな音楽家ピストーリウスは、シンクレールにとってマックス・デミアンに続く魂の友だった。

二人は一時、お互いの魂について、既成の宗教や道徳に囚われない自由な精神について、様々なことを語り合い、理解しあい、とても貴重な時間を過ごした。

一時期のシンクレールにとってはピストーリウスは新しい道を指し示してくれる指導者でもあった。

だがやがてシンクレールはピストーリウスを無条件に指導者として仰ぐことに抵抗しはじめた。

「少年時代のもっとも重要な数ヶ月の間に、ぼくが体験したことは、ピストーリウスの友情であり、その忠告となぐさめであり、彼を身近に感じることであった。彼のなかから、神がぼくに語りかけたのである。ぼくの夢も彼の口を通じて、解明され判断もされて、ぼくのところへもどってきたのだった。ピストーリウスはぼくに、ぼく自身への勇気をさずけてくれたのだ ―それなのにぼくは、彼に対する反感がだんだん強くなっていくのを感じた。」『デーミアン』旺文社文庫P179-180

そして、それまでは全く言い争いも何もなかったのに、突然、何気ない一言がシンクレールの口をついて、それはピストーリウスの致命的な弱点を残酷にも一突きすることとなり、一瞬にして二人の仲は終わりを告げることになってしまう。

シンクレールは自分が犯してしまった致命的な行動を悔やみ、苦しむが、運命が二人を分かつときが来ていたことにさからうことはできなかった。

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今回の私のケンカ別れも、これと同じことだと思っている。

それはどちらから起こったのかはわからない。

でも、しばしの間、お互いに交流し、お互いの魂を刺激し合い、その結果お互いがより自分の道が明確に見えてきたら、そこで別れるのだ。

大きなプロセスに身を委ねて。

 

だけど、これが、また何年かのときを経て、ブーメランのように戻ってくることがあったら、それはそれで神様からの恩寵としてありがたく受けとめたい。

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「鳥は卵から出ようとしてもがく。卵は世界だ。生まれ出ようとする者は、ひとつの世界を破壊しなければならぬ。鳥は神のもとへ飛んで行く。その神の名は、アブラクサス」『デーミアン』旺文社文庫P131

人は、何度も自分の世界という卵を突き破りながら大きく成長していくのだ。。。

私の持ってるのは昭和48年に出版された旺文社文庫で、とっくの昔に廃刊になっており、今は新潮社文庫のが一般的。新潮社のも最近装丁が変わったんだね・・・

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