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2008年10月29日 (水)

22nd

今日は22回目の結婚記念日。

出会ってからはちょうど31年となる。

ダンナとは人生の大半を共に生きてきた。

すごいことだなぁと我ながら思う。

そして、こんな出来損ないの自分を選んでずっと見捨てずに一緒にいてくれるというだけで感謝してもしきれない。

私は夫に出会ったから今こうして生きていられる、と思っている。

それだけ、夫と出会うまでの私は自分には生きていく価値もないほどダメな人間だと思っていたし、自分で自分を受容できなかったのだ。

(中学生のとき太宰の「人間失格」を読んで、自分と同じような混沌を抱えている人が他にもいることを知ったときはものすごく救われた思いがしたものだ)

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ところで、先週のクラニオ・バイオのセミナーで自分のリソース(自分を気持ちよくさせてくれるもの、元気にしてくれるもの)を「夫」と答えたら会場がどよめいた。

なんでかな?

(まあ、日本の文化的に言って、身内のことを褒めたりすることはやっぱりかなりタブーなんだね、今でも。欧米だったらウソでも「夫」とか「妻」とか言いそうだけど)

 

自分が選んで一緒になった人を大切に思うということは至極当たり前のこと。

せっかく好きあって一緒になったのに簡単に別れてしまう人の気持ちがわからない。

全然お互いの本質に触れてないんだね。

また、一緒に暮らしながらも大切に思わなかったり、うっとおしく思ったり、はたまた憎んでいたりする人達がいるというのも私には意味がわからない。

だったら別れればいいと思う。

 

ま、人生ってそんなに単純ではないんでしょうね。

 

それにしても、身近にいる人を大切に思い感謝することは「資源の有効利用」だと思ってます。

そして、小さな「平和運動」でもあると。

 
フィンドホーンのピーター・キャディーはたしかこう言った。

「自分と一緒にいる人を愛しなさい。

自分がしていることを愛しなさい。

自分がいる場所を愛しなさい。

そして、自分自身を愛しなさい。」

 

私、結構実践してるかな?

最後の「自分自身」が一番難しいような気がするけど・・・

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