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2008年8月15日 (金)

ハワイの秘法

友人から薦められて、こんな本を読んだ。

最近、スピリチャル界隈でときどき目にしていた「ホ・オポノポノ」という癒しの手法についての本。

ハワイにある凶悪犯罪者で精神障害を持つ人たちを収容する精神病院で、患者たちと接してセラピーを行うことなく、全ての患者を回復させ退院させてしまったという伝説のヒーラー(心理学者)イハレアカラ・ヒューレン博士という人物にジョー・ヴィダーリというアメリカのベストセラー作家が迫る本だ。

他人を癒すためには、自分の内面を見つめ、自分の内面を清めること、という一見お馴染みの思想。

外の世界に起こっていることは全て自分の内部で起こっていることだから。。。

要するに、「唯識」の思想みたいなもんでしょ?と思って、特にこの話に引付けられたわけでもないのだけれど、ちょうど薦められた今、自分の外部に働きかけるよりも内面での作業がしたかったので、買ってみた。

サブタイトルの"あなたを成功と富と健康に導く"ってのが、いかにも大衆向け自己啓発本という気がして、かなり私の抵抗を生んだ。

読んでみても、著者のジョー・ヴィターリ氏の文面、行間からはプンプンと匂ってくるアメリカ風物欲的匂いやヴィターリ氏の自慢話っぽさが私を辟易とさせる。

ただ、「ホ・オポノポ」の考えで言えば、私がこの本と出会い、本の著者にそのような感情を抱くとすれば、それを体験している私の内部にいったい何が起こっているのか?と問いかけ、私がヴィターリ氏に感じているものは私の内部にあるものとして認めなければならない。

そして、自分のそういう部分について

"I'm sorry. Please forgive me. I love you. Thank you."
(ごめんなさい。許して下さい。愛しています。ありがとう。)

と声をかけるのだ。

自分の外部で起こっていることの全ては自分の中で起こっていることであり、私たちは起こっていること全てに責任がある。

自分と関わった人が体験していることは、関わった時点で自分でもその内容を共有することとなり、自分にも責任が生じる。

ある人たちにとっては受け入れがたいことだろう。

たとえば、殺人事件や事故の被害者でさえ、自分の中に責任があると言われているのだから。

でも、こういう思想はたしか仏教の「」の思想ではなかったか?(不勉強のため不確実)

*~*~*~*~*~

全然話は飛ぶのだけど、小学生のときアニメ「魔法のマコちゃん」を見ていて、あるストーリーの中で、とある男性がマコちゃんにとてもひどいことをした。

マコちゃんは「自分は何もしていないのだから相手が100%悪い」とものすごく怒っているのだけど、ある老人(?)が、「貴女にも責任があるのだよ。なぜなら貴女がそこにいたからだ。」みたいなことを語り、マコちゃんには意味がわからなかった。

それを見ている小学生の私にも意味はわからなかったのだけど、ものすご~く印象に残ってる。

昔のアニメとは本当に深い思想を表現している場合が多い。

*~*~*~*~*~*~

閑話休題、

ヒューレン博士はとにかく「自分の中を清めなさい」という。

自分の周り起こっている全てのことに対して責任を持って、自らを清める。

清め、清め、清めつくすことで、「ゼロ・リミッツ」に到達するのだそうだ。

そこで、癒しが起こる。

あれ?この清めって、神道を思い出す。

去年、2ヶ月くらい毎日大祓祝詞を唱えていた。

「祓えたまえ、清めたまえ・・・」と唱えながら実は、

「私ってそんなに穢れてるか???」と嫌な気分になったりもした。

そして、この本を読んで、

「そっか、そういうことかflair」と妙に納得するものがあった。

たしかに、世界の出来事は全て自分の内部で起こっているとすれば、日々大祓祝詞をあげることで自身を清めることはゼロ・リミッツに到達する道であるなぁと、私独自のシナプスをつなげるのだった。

また大祓祝詞をあげてみようかな・・・

そして、日々のムカつくことやイライラすることやカチンとくることや癒されていない人を見たときには心の中で

"I'm sorry. Please forgive me. I love you. Thank you."
(ごめんなさい。許して下さい。愛しています。ありがとう。)

を唱えてみよう。(気が向いたらね・・・)

だって、さっそくそれをやってみたけど、これ、きちんとやらないと自分の中にネガティブな感情が溜まってしまう恐れがあると思うよ。。。

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