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2008年1月24日 (木)

私の偽善心

書き出すと芋ずる式に色々と出てきてしまう。

あるとき、自分の中の偽善心と、それに相反するチャイルドを見てしまったことがあって、それ以来特に自分の善意の真相がよくわからなくなってしまったのだな。

数年前、映画「ガイヤ・シンフォニー」を見て、そこに表現されているものにとても感動して、第4番、第5番とひとコマスポンサーになった。

第4番のときはたしか、スポンサーには映画のチケット1枚と映画で使用された生フィルムがプレゼントとしてついていた。

第5番のときはシステムが変わってそういうのはつかなくなった。
でも、「試写会にご招待」はしてくれるって。

第5番が出来上がって試写会のご案内の封筒が届いた。
そこに書いてある日程(たぶん東京での開催は2or3日くらいあった)で私の都合のあう日は1日だけ。

そこでその希望日をFAXした。

しばらくたって、映画製作会社のスタッフから電話があった。
留守電になってたので、「伝えたいことがあるのでお電話ください」とメッセージが入っていた。

忙しい中、時間を見つけて電話したら、電話口の女性スタッフが「申し訳ありませんが試写会の抽選に漏れたので試写会においでいただくことはできません」と言った。

私はわが耳を疑った。

え???

1万円も払ったのに見れないの?????????

それは、あくまでも「寄付」だったのだけど、私は自分が映画を見れることは当然の権利と思い込んでいた。

「なんとかなりませんか?」とごねてみたけど、スタッフの口調は全然親身さのかけらもなく事務的な応対で。

なんだか私は自分の好意を踏みにじられたような、激しい怒りを感じてしまった。

自分の空想の中で感じてたワンネスと、現実の目の前の人とのやり取りで感じる断絶感。

それ以来、自分の中でいろんなものがひっくり返ってしまった。

私の中のガイヤ意識って?
私の中の善意って?

あ~~~、はい、私はしっかり見返りを期待していました。

でも、見返りを期待しちゃいけなかったんだろうか?

(急に現実的になる)
そもそも映画を作るのに、人の善意のみにおんぶにだっこしてていいんだろうか?
もうちょっと興業的に成り立つような方法を考えなきゃいけないんじゃないの?

(一緒に映画を見たことのあるうちのダンナの辛らつな意見が脳裏に蘇る)
「まあ、言いたいことはわかるけど、映画として工夫がなさ過ぎる。
見ていて退屈」

あ・・・、そうかも・・・。私も途中、眠くなった。

自分の中で美しい夢を描く。
「地球のためを思うって素晴らしい」「ワンネスって素晴らしい」

その美しい夢を壊さないために、現実の細かいこと(自分にとって不合理なこと)は感じないようにする。

そんな自分に気がついた。

それ以来、すっかり「ガイヤ・シンフォニー」熱は冷め、結局第5番も見てない。


私の偽善心の一例でした

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