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2008年1月 8日 (火)

いのちの有限を感じたお正月

お正月は例年通り元旦の午後にダンナの実家にお邪魔し一晩泊めてもらってから、自分の実家の人たちと会った。

ダンナの実家の晩餐の席で、義父母から、自分たちが逝った場合の葬儀の仕方についての意思を聞かされた。
二人とも、密葬にしてほしいと。

あっけらかんと話すけれども、自分達の人生の締めくくりまできちんと自らの意思を貫きたいという確固たる信念を感じて、感服した。

翌日から、実の母が姪っ子にせがまれて二人で東京まで遊びに来た。
「もう今年が最後だよ」と言って。

私は実家とはあまり魂のつながりを感じられず、会うのはだいたい年に1度。

1年ぶりに会った母を見て驚いた。

ボケが始まっている。

今年の3月で77歳になる。

昔からトボけたことばかり言う人(彼女の頭の中はいまだに昭和一ケタ)だったけど、今回のは明らかなボケ。
さっき聞いたこと、言ったことを覚えていないこと、しばしば。

同じ質問を繰り返す。

・・・なんだかなぁ・・・

でも、常に頭の中は心配と不安で満たされて生きてきた人だから、ボケたことによって心配も減ったみたいだ。
声も、以前よりもなんとなくぼんやりしてるけど、楽天的な響きがする。

ボケを治したいとかは、私はあまり思わない。
人の人生の自然な流れとしてこうなってると思うので。
静かに自分の人生を完結の方向に向けていて、魂を徐々に現世から解き放ってあちらの世界へ行く準備をしているようで。

複雑な思い。。。

ホントに、私は元家族の人たちとは魂の次元の違うところに住んでいると感じており、共通言語を持てない。

そんな中でも、エサレン・ボディワークを学んで、昨年母にマッサージをしてあげられたことは本当に良かった。
母は、去年のマッサージをいたく気に入り、「昔からずっと痛かった首筋の痛みが治った」という言葉をいまだに繰り返す。
今年もまたマッサージしてあげることができた。
言葉を超えたコミュニケーションの手段を持つことができたことに、神様に感謝する。

今年は、前回よりも母の体をよく見、味わいながら触れていった。
去年マッサージしてるのに全然覚えてなかった、具体的な母の体の形状、手触り。
本当に、これが最後かもしれないと思いながら、丁寧に触れた。

上野駅で見送るときも、電車が出発して見えなくなるまで手を振った。
こんなことは、普段は私はしない。

なんだかとてもセンチメンタルな気持ちになった。

いつもは自分のことだけ考えて、仕事をどうやって軌道に乗せようかということで頭がいっぱいの生活をしていたけれど、お正月は急に心を「家族」というものに振り戻される時間だなぁと、思った。

もう、いつもの日常モードに戻っているけれど、この日常モードの底流に流れてるものを忘れてはいけない気がした。

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